農業現場において、DMI剤(Demethylation Inhibitors:脱メチル化阻害剤)は、最も信頼性の高い殺菌剤グループの一つとして広く利用されています 。この薬剤がなぜこれほどまでに多くの作物や病害で使用されているのか、その理由は強力な「作用機序」と、予防だけでなく「治療効果」を併せ持っている点にあります。
参考)https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/uploaded/attachment/217367.pdf
DMI剤は、EBI剤(Ergosterol Biosynthesis Inhibitors:エルゴステロール生合成阻害剤)と呼ばれる大きなカテゴリーの中に分類されます。植物病原菌の多くはカビ(糸状菌)ですが、このカビの細胞膜を構成するために不可欠な成分が「エルゴステロール」です 。DMI剤は、このエルゴステロールが作られる過程の特定の部分(C14位の脱メチル化酵素)をピンポイントで阻害します。この作用により、病原菌は細胞膜を正常に作れなくなり、最終的に死滅します。
参考)https://www.midori-kyokai.com/pdf/FRAC_code-202404.pdf
このメカニズムの最大の特徴は、菌が植物体に侵入した後でも効果を発揮する「治療効果(キュラティブ効果)」が高いことです。多くの保護殺菌剤(例えば銅剤やTPN剤など)は、菌が侵入する前に植物表面を覆って防ぐことしかできませんが、DMI剤は葉の内部に浸透する能力(浸透移行性)に優れており、初期感染してしまった病原菌の菌糸の伸長を食い止めることができます 。
散布された成分が葉や茎の内部に浸透し、導管を通って植物体の上部へ移動します。これにより、散布ムラがあってもある程度カバーでき、新しく展開した葉にも成分が行き渡りやすいというメリットがあります。
植物体内に留まる力が強いため、効果が長持ちします。これにより散布回数を減らす省力化防除に貢献してきました 。
参考)https://www.shuminoengei.jp/?m=pcamp;a=page_mo_diary_detailamp;target_c_diary_id=1215210
うどんこ病、さび病、黒星病、炭疽病など、非常に幅広い病害に対して高い活性を示します。特に果樹や野菜類の重要病害の特効薬として位置づけられています 。
参考)https://www.pref.saga.lg.jp/kiji00322997/3_22997_165833_up_klaew3pq.pdf
しかし、この「特定の酵素を狙い撃ちする」という作用機序は、裏を返せば、病原菌がその酵素の形を少し変えるだけで薬剤が効かなくなってしまう「耐性菌」が出現しやすいという宿命も背負っています。これがDMI剤を使用する上で最も注意すべき点であり、後述する耐性菌対策が不可欠となる理由です。
「DMI剤」と一口に言っても、その成分や製品名は多岐にわたります。現場でよく使われる代表的なDMI剤を整理し、それぞれの特徴を理解することは、適切な薬剤選択の第一歩です。2024年・2025年時点での主要なDMI剤(FRACコード3)を以下の表にまとめました 。
参考)2403_03_農薬適正使用その2/大阪府(おおさかふ)ホー…
| 一般名(成分名) | 代表的な商品名 | 特徴・用途 |
|---|---|---|
| ジフェノコナゾール | スコア、アミスターオプティ(混合) | 浸透移行性が高く、予防・治療の両効果に優れる。果樹・野菜の幅広い病害に適用。残効が長いのが特徴。 |
| テブコナゾール | オンリーワン、ナティーボ(混合)、シルバキュア | 殺菌スペクトラムが広い。強い成長抑制効果を持つため、使用時期や濃度に注意が必要(後述)。麦類の赤かび病防除の基幹剤。 |
| トリフルミゾール | トリフミン | 歴史の長いDMI剤。果樹の黒星病やうどんこ病に定評がある。比較的マイルドな効き目で、予防的な使い方も多い。 |
| テトラコナゾール | サルバトーレ、ドマーク | 浸透性が非常に高く、速効性がある。うどんこ病に対して特に鋭い切れ味を持つ。ガス効果も期待できる。 |
| ヘキサコナゾール | アンビル | 果樹や茶で多用される。耐雨性があり、安定した効果を発揮する。 |
| フェンブコナゾール | インダー | 果樹の黒星病、赤星病などに。持続性が高い。 |
| メフェントリフルコナゾール | レビゾール、カブキ |
次世代のDMI剤(イソプロパノール・アゾール基)。従来のDMI耐性菌にも効果を示す場合があり、注目されている |
| プロピコナゾール | チルト | 芝生管理や麦類などで使用される強力なDMI剤。 |
| メトコナゾール | サンシャイン | 麦類の赤かび病などに。テブコナゾール同様、成長抑制効果が強め。 |
農薬選びのポイントと注意点:
トリフルミゾール(トリフミン)のような初期のDMI剤と、テブコナゾール(オンリーワン等)やジフェノコナゾール(スコア等)のような中後期の剤、そして最新のメフェントリフルコナゾール(レビゾール)では、同じDMI剤でも耐性菌に対する活性が異なる場合があります。特に最新の「レビゾール」は、分子構造が柔軟で酵素に結合しやすく、従来のDMI剤が効きにくくなった菌にも効果が期待できる「既存DMI剤とは一線を画す剤」としてメーカーが推奨しています 。
DMI剤単体(単剤)の商品は、切れ味が鋭い反面、耐性菌リスクが最大化します。そのため、近年では「ナティーボ(テブコナゾール+ストロビルリン系)」や「アミスターオプティ(ジフェノコナゾール+TPN)」のように、作用機序の異なる薬剤(QoI剤や保護殺菌剤)とあらかじめ混合された製品が多く販売されています 。これらは耐性菌対策の手間を省きつつ、効果を安定させるメリットがあります。
同じ成分でも、商品によって登録されている作物や希釈倍率が異なります。例えば、同じテブコナゾールを含んでいても、水稲用、果樹用、野菜用で商品名が分かれていることがあるため、必ずラベルを確認してください。
参考:農薬工業会(JCPA) 殺菌剤の作用機構分類(RACコード)
(リンク先では、最新のFRACコード分類と詳細な成分リストが確認でき、正確な分類把握に役立ちます)
DMI剤を使用する上で避けて通れないのが「耐性菌」の問題です。FRAC(Fungicide Resistance Action Committee:殺菌剤耐性菌対策委員会)の分類において、DMI剤は「グループ3」に属し、耐性菌出現リスクは「中(Medium)」と評価されています 。これは、リスクが「高(High)」であるQoI剤(ストロビルリン系など)やSDHI剤に次いで警戒が必要なレベルです。
参考)https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/sangyo-rodo/050_050_010_1_yakuzai-keito-kubun-pdf
耐性菌発生のメカニズム(交差耐性):
DMI剤に対する耐性は、主に病原菌の標的酵素(CYP51)の遺伝子変異によって起こります。厄介なのは、ある一つのDMI剤(例えばトリフミン)に対して耐性を持った菌は、他のDMI剤(例えばサルバトーレやオンリーワン)に対しても耐性を示しやすいという「交差耐性(Cross-Resistance)」の現象です 。
参考)https://www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/658120.pdf
「前回はトリフミンを使ったから、今回はオンリーワンにしよう」というローテーションは、同じ「グループ3」内での変更に過ぎないため、耐性菌対策としては不十分であり、むしろ耐性化を促進してしまう恐れがあります。
実践的な防除体系の構築:
DMI剤(グループ3)を使った次は、全く異なる作用機序を持つ薬剤を使用します。
特に、保護殺菌剤は耐性菌が発生するリスクが極めて低いため(グループM)、DMI剤の散布の前後にこれらを挟むことで、耐性菌の密度を下げることが可能です 。
多くの産地の防除指針では、DMI剤の年間使用回数を「3回以内」、場合によっては「2回以内」に制限しています 。物理的に登録上の使用回数が「5回」となっていたとしても、それをフルに使い切ることは耐性菌管理の観点からは推奨されません。「ここぞという時(発病初期や重要防除時期)」に絞って投入するのがプロの技です。
DMI剤は治療効果があるため、「病気が出てから撒けばいい」と考えがちです。しかし、発病して菌密度が高まっている状態でDMI剤を散布すると、生き残った耐性菌を選抜してしまう確率が跳ね上がります。「DMI剤は治療もできる予防薬」という認識で、発病のごく初期、あるいは発病直前に使用することで、耐性菌リスクを最小限に抑えつつ最大の効果を得ることができます 。
参考)http://www.taiseikin.jp/mwbhpwp/wp-content/uploads/db70697681b1e132634196b79f2bd7b1.pdf
単剤で使用する場合、可能であれば保護殺菌剤(マンゼブやキャプタンなど)とタンクミックス(混用)して散布することが推奨されます 。これにより、DMI剤に耐性を持つ菌がいたとしても、混用相手の保護殺菌剤がその菌を叩いてくれるため、耐性菌の増殖を防ぐことができます。ただし、混用適否表の確認は必須です。
参考)https://www.nippon-soda.co.jp/nougyo/wp-content/uploads/2023/03/191_005.pdf
参考:農林水産省 耐性菌の発生を防ぐために
(リンク先では、国が推奨する耐性菌対策ガイドラインの詳細や、具体的な薬剤系統の分類表が閲覧できます)
DMI剤には、病気を治す効果以外に、あまり知られていない(あるいは意図的に利用されている)「植物ホルモンへの干渉作用」があります。これが、検索上位の一般的な情報には詳しく書かれていない独自視点の重要トピックです。
リターダント効果(矮化作用)の正体:
DMI剤が阻害する「エルゴステロール」の生合成経路は、植物が成長するために必要なホルモンである「ジベレリン」の生合成経路と一部類似しています。そのため、DMI剤を植物に散布すると、副次的に植物体内のジベレリン生成も阻害してしまうことがあります。
この結果、植物の節間(茎の節と節の間)が詰まり、草丈が伸びにくくなる現象が起きます。これを農業現場では「リターダント効果」や「ハードニング効果」と呼びます。
メリットとしての活用:
この作用は必ずしも「薬害」ではありません。
デメリット(薬害)と注意点:
一方で、意図しないタイミングでこの効果が強く出ると、深刻な薬害になります。
薬害を回避するテクニック:
テブコナゾール(オンリーワン等)やメトコナゾールは成長抑制作用が比較的強く、ジフェノコナゾール(スコア等)やトリフルミゾール(トリフミン)は比較的マイルドだと言われています。作物の生育ステージに合わせて使い分けるのが上級者のテクニックです。
ラベルに記載された「使用時期」と「使用量」を守ることはもちろん、日中の高温時を避けて夕方に散布することで、急激な吸収によるショックを和らげることができます。
浸透性を高める強力な展着剤(機能性展着剤)をDMI剤と混用すると、吸収量が増えすぎて薬害リスクが高まる場合があります。薬害が心配な時期は、一般的な展着剤を使用するか、展着剤なしで散布する判断も必要です。
DMI剤は、単なる「殺菌剤」としてだけでなく、「植物生理に影響を与える生理活性物質」としての一面も理解して使うことで、より高度な栽培管理が可能になります。
参考:農研機構 野菜の育苗管理技術マニュアル
(リンク先では、育苗期における薬剤による徒長抑制技術や、環境制御による苗質管理の専門的な知見が得られます)
最後に、DMI剤を効果的に活用するためのポイントを再確認します。
DMI剤は、その特性を深く理解し、適切なタイミングと組み合わせで使用すれば、農作物を病害から守る最強の盾となります。一覧にある成分名と商品名を照らし合わせ、ご自身の圃場の防除暦(防除カレンダー)を今一度見直してみてください。