ウェルシュ菌による食中毒は、腹痛と下痢が中心で、発熱や嘔吐が少ないことが特徴です。下痢の回数は1日1〜3回程度の比較的少ないケースも多く、「ちょっとお腹をこわしたかな」で済ませてしまう人も少なくありません。
潜伏期間は、汚染された食品を食べてからおおむね6〜18時間で、多くは12時間以内に発症すると報告されています。一晩寝てから朝〜昼にかけて突然腹痛と下痢が起こるパターンが典型で、通常は1〜2日で自然に回復することが多いです。
参考)https://www.hokeniryo1.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/micro/uerusyu.html
主な「軽い症状」の具体例は次のようなものです。
意外なポイントとして、症状が軽いために医療機関を受診せず、公的な統計に上がらないケースが多いと指摘されています。その結果、実際の患者数は報告数よりかなり多いと推定され、「軽いから大丈夫」と見過ごしてしまう人が多い一方で、集団給食の現場では同じ料理を食べた多数の人が同時に同じような腹痛・下痢を訴える、という形で問題が表面化しやすいのです。
参考)https://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/factsheets_clostridiumperfringens.pdf
また、MSDマニュアルなどでは、通常は軽症でも、激しい下痢や脱水、血圧低下といった重い経過をとる例があることも示されており、「軽い食中毒」と侮らず体調の変化を観察することが重要です。
参考)ウェルシュ菌(Clostridium perfringens…
ウェルシュ菌の症状や潜伏期間を整理した自治体の解説ページです。
ウェルシュ菌は「嫌気性」の細菌で、酸素の少ない環境を好みます。粘度が高くて底が深い鍋のカレーや煮込み料理などでは、鍋底付近が酸素の届きにくい状態になり、そこで菌が増殖しやすくなります。
さらにウェルシュ菌は「芽胞」と呼ばれる硬い殻に包まれた状態になることで、加熱にも強い特徴があります。そのため一度しっかり火を通しても芽胞は生き残り、ゆっくり冷めていく間に再び増殖して毒素を産生し、食中毒の原因になるのです。
参考)加熱しても要注意 カレーの食中毒予防法 - ウェザーニュース
農業現場や大量調理の場面でリスクが高いとされるメニューの例を挙げると、次のようになります。
農業従事者の現場では、収穫作業後にハウス横の休憩室や作業場で大鍋カレーや豚汁を作り、鍋のまま一晩おいて翌日も温め直して食べる、というスタイルも珍しくありません。こうした「寝かせカレー」や「鍋の置きっぱなし」は、ウェルシュ菌にとって最適な増殖条件になりやすいとされています。
参考)カレーの食中毒に注意!ウェルシュ菌による食中毒の症状や予防法…
料理の保存・再加熱に関しては、東京都や農林水産省などが次のような対策を示しています。
参考)食事編:農林水産省:農林水産省
とくに興味深いのは、東京都健康安全研究センターが行った実験で、「鍋ごと冷蔵」と「小分けして冷蔵」を比べたところ、小分けの方がウェルシュ菌が増殖しやすい温度帯を素早く通過できる、という結果が出ている点です。これは、農業法人の寮や作業場で大量調理する際にもそのまま応用できる実践的な知見と言えます。
ウェルシュ菌の性質や原因食品、予防方法を詳しくまとめた解説です。
農林水産省「煮込み料理を楽しむために~ウェルシュ菌による食中毒にご注意を~」
ウェルシュ菌による食中毒は、軽い腹痛と下痢だけで自然に治まることが多いため、自宅で経過を見るケースも少なくありません。このような場合の基本は、水分と電解質(塩分)をしっかり補給しながら安静にすることです。
感染性胃腸炎全般についてのガイドでは、症状が軽いときには整腸剤や解熱薬など市販薬で対応することも可能とされていますが、原因菌を直接おさえるような抗菌薬は市販されていないため、必要な場合は医療機関で処方を受ける必要があります。また、細菌性の食中毒が疑われる場合、自己判断で強力な下痢止めを飲むと、体外へ出したい毒素や菌を腸の中にとどめてしまい、かえって回復を遅らせるおそれがあると注意喚起されています。
参考)夏に多い細菌性胃腸炎とは?症状・受診・復帰の目安を解説
農作業の合間に受診のタイミングを逃さないために、「様子を見てよい軽い症状」と「すぐに受診すべきサイン」をざっくり分けておくと判断しやすくなります。
| 状態 | 自宅で様子を見てもよい目安 | 医療機関を受診したい目安 |
|---|---|---|
| 下痢の回数 | 1日数回程度で、半日〜1日ごとに回数が減ってくる | 1日10回前後の頻回な下痢や、2日以上ほとんど改善しない場合 |
| 全身状態 | 水分や経口補水液が普通に飲めて、作業を休めば楽になる程度 | 水分がほとんど飲めない、強い脱力感や立ちくらみが続く、尿が極端に少ないなど脱水が疑われる場合 |
| その他の症状 | 発熱なし〜微熱、血便なし、軽い腹痛のみ | 38℃以上の高熱、血便、激しい腹痛、何度も吐いてしまうなど、重い感染性腸炎を疑う所見 |
農家の方は、「忙しいから」と無理をして畑に出てしまいがちですが、強い脱水や高熱を放置すると入院が必要になることもあります。とくに高齢の家族や基礎疾患のある方が同じ料理を食べている場合、自分は軽くても家族は重くなるケースがあるため、「誰がどの料理をいつ食べたか」をメモしておくと受診時に役立ちます。
参考)https://www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/21351.pdf
細菌性胃腸炎全般の市販薬の使い方と受診の目安をまとめた解説です。
ミナカラ「夏に多い細菌性胃腸炎とは?症状・受診・復帰の目安を解説」
自治体や専門サイトの情報では、ウェルシュ菌食中毒は一般に軽症で済むものの、高齢者や子ども、基礎疾患を持つ人では重症化リスクが高いと繰り返し注意されています。脱水や血圧低下など全身状態の悪化が早く進む可能性があり、同じ程度の下痢でも若年成人とはリスクが異なります。
たとえば、群馬県や埼玉県などの資料では、「ほとんどの場合1〜2日で回復するが、子どもや高齢者ではまれに重症化する」と明記されており、MSDマニュアルも重度の下痢や脱水、血圧低下(ショック)などの可能性に触れています。このため、農家で三世代同居しているような家庭では、同じ料理を食べていても高齢者と子どもの体調チェックを優先して行うことが勧められます。
高齢者・小児がウェルシュ菌で「症状は軽いはず」と思い込んでしまうと、以下のサインを見逃しやすくなります。
農業従事者の家庭では、朝に全員で同じカレーや煮物を食べて、日中はそれぞれ畑や学校に出てしまうことも多いでしょう。その場合、夕方に再集合した際に「誰が何回くらいトイレに行ったか」「食欲が落ちていないか」を共有するだけでも、重症化の早期発見につながります。高齢の家族がいる場合、「軽い下痢だから」と一人で留守番させるのではなく、こまめに声をかけて様子を確認することが、農家ならではのリスク管理と言えます。
参考)ウエルシュ菌食中毒について(動画配信) - 埼玉県
高齢者や子どもの重症化リスクに触れている医療サイトの解説です。
農業現場では、「仕事が長丁場になるから」と、朝のうちに大鍋でカレーやシチューを作っておき、昼と夜に同じ鍋からよそって食べる、といったスタイルがよく見られます。ところが、ウェルシュ菌は15〜50℃と広い温度帯で増殖でき、とくに40℃台で活発になるため、鍋のまま常温に近い温度で長時間置くことが最も危険だとされています。
カレーを作り置きした場合の保存方法について、食品メーカーや気象情報サイトなども具体的な注意点を挙げています。たとえば、作ったカレーを鍋のまま室温で保存するとウェルシュ菌が増殖して食中毒の原因になりうるため、できるだけ早く食べ切るか、作り置きするなら浅い容器に小分けして冷蔵するよう勧めています。
参考)【カレー商品全般】 カレーを作り置きするとウェルシュ菌が心配…
農業従事者向けに、現場で実践しやすい「寝かせカレー」対策を整理すると次のようになります。
意外なポイントとして、「一度よく温め直せば大丈夫」と考えている人が多いものの、ウェルシュ菌の芽胞は加熱に強く、生き残った芽胞から再び菌が増えて毒素を作るため、「加熱したから安心」にはならないことが強調されています。さらに、「寝かせるとカレーが美味しくなる」という慣習も、食中毒リスクの観点からは見直しが求められており、家庭ではもちろん、農家の作業場や直売所併設の食堂などでも、冷却と保存のルールをスタッフ全員で共有することが推奨されます。
参考)【大量調理は危険!?】ウエルシュ菌食中毒の特徴と予防方法4つ…
こうした対策は、農業高校の寮食や農業法人の社食、収穫祭などのイベントで提供する大量カレーにもそのまま応用できます。特に夏場は外気温も高く、作業場の室温が30℃を超えることも多いため、ウェルシュ菌が増えやすい温度帯に長時間さらされないよう、「冷ますときは素早く」「保温するときはしっかり高温」を徹底することが大切です。
参考)煮込み料理を楽しむために~ウェルシュ菌による食中毒にご注意を…
ウエルシュ菌食中毒と温度管理のポイントを説明した自治体の動画付き解説です。