多環芳香族炭化水素(PAHs)は、有機物の不完全燃焼や熱分解で生じる化合物群で、食品を焼いたり燻製にしたりする工程でも生成します。
焼肉の文脈では、網焼きなど「直火で調理した肉」に一般的に含まれ得る、と食品安全委員会のファクトシートでも明示されています。
発生のイメージを、なるべく現場言葉に寄せると次の2系統です。
参考)https://www.fsc.go.jp/visual/kikanshi/2023_No60/page11.data/vol60_p11.pdf
さらに重要なのが「多環芳香族炭化水素は焼肉だけの特殊物質ではない」という点です。PAHsは火山活動・火事・化石燃料の燃焼などでも生成し、環境中にも存在します。
農業現場の観点では、野焼き、暖房、乾燥機、炭火など「燃やす工程」が多いほど、PAHsという言葉に触れる機会が増えるのは自然な流れです。
食品中PAHsの代表的な指標としてベンゾaピレン(BaP)が扱われ、IARC(国際がん研究機関)は多数のPAHsを評価し、発がん性や遺伝毒性がある、または疑われるものがあると報告されています。
食品安全委員会のファクトシートでは、食品由来の評価としてJECFAがBaPを指標にMOE(ばく露マージン)で評価し、平均摂取群で25,000、高摂取群で10,000という算出結果を示したうえで、健康影響の可能性は低いとされています。
ただし、ここで誤解しやすい落とし穴があります。
つまり、焼肉を危険視して恐れるより、合理的に“増やさない焼き方”へ寄せるのが現実解です。
低減策の中で、いちばん再現性が高いのは「焦がし過ぎない」と「反転回数を増やす」です。
食品安全委員会のファクトシートでも、農林水産省の助言として、肉類などのバーベキュー調理では「食材をこまめに反転し、焦がし過ぎない」ことが挙げられています。
焼肉で実装しやすい現場の工夫を、優先度順にまとめます(道具を買い替えなくても効く順)。
ここで農業従事者向けに少し踏み込むと、繁忙期の屋外焼肉(直火・強火)は、風で火力が上振れしやすく、結果として「気づいたら焦げる」事故が増えがちです。
風対策(風よけ、炭の配置を薄くする、焼き場を分散する)は、食中毒対策だけでなく“焦げ対策”としても有効になります。
また重要なのは「中心まで十分に加熱」と「焦がし過ぎない」を両立することです。
強火で一気に表面を黒くするより、火源から少し離して加熱時間を確保し、色がつき過ぎる前に引き上げるほうが、結果的に両方を満たしやすいです。
PAHsは、調理だけでなく製造工程(乾燥・燻製など)でも生成され、肉・魚介類の燻製や、植物油、穀物製品などにも一般的に含まれるとされています。
つまり「焼肉でだけ増える」のではなく、食品加工の“熱と煙”が関わるところに横断的に現れる性質があります。
この視点は、農業者・6次化(加工)にとって地味に重要です。
意外に見落とされるのが、「原料由来でゼロにはならない」点です。PAHsは環境中にも存在し、食品への経路が調理・加工だけに限られないため、ゼロ論ではなく低減論で考えるのが筋です。
そのうえで、家庭・現場レベルの実行策としては、まず“直火接触と過加熱”を減らし、次に“煙の滞留と再付着”を減らす、という順番が効率的です。
独自視点として押さえたいのは、「焼肉を食べるPAHs」だけでなく「焼肉を焼くPAHs」も論点になり得ることです。
食品安全委員会のファクトシートでも、PAHsのばく露経路は複数あり、食品はその一つで、喫煙もばく露源になると整理されています。
ここから農業従事者向けに現実的な示唆を引き出すと、次の通りです。
また、農家の集まりでは「自家製の乾燥・燻製・焼き」など“うまい工夫”が共有されやすい一方、PAHsの話は敬遠されがちです。
しかし、正面から危険を煽るのではなく、「中心まで加熱しつつ焦がし過ぎない」「反転を増やす」「直火接触を減らす」のように、味と安全を両立する作法として提示すると受け入れられやすいです。
食品安全委員会(日本語PDF):PAHsの定義、食品中に含まれる場面(燻製・網焼き等)、IARC/JECFA評価、MOE、低減の考え方がまとまっている
https://www.fsc.go.jp/visual/kikanshi/2023_No60/page11.data/vol60_p11.pdf