サンクションは日常会話だと「制裁」の意味で理解されがちですが、社会学・社会福祉の文脈では、ある行為に対して集団や社会が示す「是認・承認(肯定的)」と「制裁・処罰(否定的)」の両方を含む概念として説明されます。
つまりサンクションは「罰」限定の言葉ではなく、「褒める・認める」もセットです。この二面性を押さえると、福祉制度で“条件”が付く理由や、支援現場の言葉選びの背景が読み解きやすくなります。
農業の現場で例えると分かりやすいです。たとえば共同作業で、段取り通りに動いた人が「助かった、ありがとう」と承認されるのは肯定的サンクションです。一方、無断欠席や危険行為が注意されるのは否定的サンクションです。ここで重要なのは、どちらも「共同体が行動の基準を共有し、次の行動を整える仕組み」になっている点です。
参考)サンクション(さんくしょん)とは? 意味や使い方 - コトバ…
また英語のsanctionは、名詞としても動詞としても「承認」と「制裁」の両方を持ち、文脈次第で意味が反転しやすい単語として紹介されています。福祉関係の資料や海外ニュースを読むときに「sanction=制裁」と決め打ちすると、意図を取り違えるリスクが上がります。
参考)英語「sanction」の意味・使い方・読み方
参考:サンクションの定義(承認・賞賛/制裁・処罰の両面)
コトバンク「サンクション」
福祉や社会制度の説明で出てくる「サンクションシステム」は、望ましい行動に報酬、望ましくない行動に罰を与えて行動を促す考え方として説明されます。ここでいう報酬はお金に限らず、承認・評価・利用しやすい仕組みなども含みます。
逆に罰も、逮捕のような強いものだけでなく、制度上の不利益(条件不達成での支給停止など)や、周囲からの非難といった「圧力」まで広く含まれ得ます。
この視点を福祉に当てはめると、「支援=優しい」「サンクション=冷たい」と単純に分けられません。支援策は“良い方向に進む人を後押しする”ために肯定的サンクションを使い、制度が維持できないほど逸脱が増える場合は“最低限のルール”として否定的サンクションも組み込まれます。
参考)社会福祉士の過去問 第32回(令和元年度) 社会理論と社会シ…
ただし現場では、否定的サンクションが強すぎると対象者が離脱して状況が悪化するため、実務としては「動ける条件を整える」「本人の尊厳を傷つけない言い回しにする」といった調整が要になります。
参考)生活困窮者自立支援制度 |厚生労働省
農業従事者向けに言い換えると、作業工程表や安全ルールは「統制」ですが、目的は「事故を減らして、みんなが働ける状態を守る」ことです。同じように福祉制度の条件も、理念上は生活の土台を作り直すための設計として置かれている場合があります。
福祉の制度は「何もしなくても給付する」だけでなく、住まい・就労・相談を組み合わせて生活を立て直す発想で作られています。たとえば生活困窮者自立支援制度には、離職などで住居を失った人(または失うおそれが高い人)に対して、就職に向けた活動などを条件に一定期間家賃相当額を支給する仕組みが案内されています。
ここには「住居を確保して就職に向けた支援を行う」という支援の面がある一方、「就職に向けた活動をするなどを条件に」という行動を方向づける面もあります。
また、すぐに一般就労が難しい人に対して、原則1年のプログラムで基礎能力を養う「就労準備支援事業」も説明されています。これは、本人の状況に合わせて“働ける状態”を作るための支援で、制度側が求める行動目標を段階的に置く設計です。
このように福祉の文脈では、サンクション(承認/制裁)のうち、まずは承認や支援(肯定的サンクション)を厚くして、否定的な方向づけを最小限にするのが現実的な運用の要点になりやすいです。
参考:生活困窮者自立支援制度(住居確保給付金・就労準備支援など制度概要)
厚生労働省「生活困窮者自立支援制度」
福祉の現場では、支援を受ける側だけでなく、支援を“提供する側”にもサンクションが組み込まれることがあります。生活保護受給者の就労支援に関する研究では、委託企業に対して就労者数に応じた「成功報酬(インセンティブ加算)」と、委託料の減額措置(サンクション)が示される形が言及されています。
これは「支援の質を上げたい」という意図で、提供側の行動を誘導する設計です。ただし数字が重視されすぎると、就職の“数”を優先して本人の安定や適合が後回しになるリスクもあり、運用には注意が必要です。
農業の文脈でも似た構造はあります。たとえば補助事業で「実績に応じた加算」や「要件未達で返還・減額」があると、事業者側は書類整備や達成指標に強く反応します。これは経営の規律として機能する一方、現場の実態(天候、相場、病害虫)で計画通りにいかないと負担が増えやすいという弱点もあります。福祉でも同様に、制度の目的(自立支援)と指標(就労者数など)がズレると、サンクションが逆効果になり得ます。
参考)https://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/images/oz/contents/753_04.pdf
ここでのポイントは、「誰に対するサンクションか」を分けて考えることです。受給者への条件付与だけがサンクションではなく、自治体・委託先・支援機関へのインセンティブ設計も同じ枠で理解できます。
検索上位の説明は「制裁・承認の定義」や「サンクションシステム」中心になりがちですが、地域での福祉を考えると、もう一段深い論点があります。それは、制度のサンクションよりも先に、地域の“目に見えないサンクション”が生活を左右する場面があることです。
たとえば集落の寄合、消防団、農繁期の助け合いは、表向きは任意でも、参加すると承認が得られ、参加しないと距離ができるという形で、承認/制裁が静かに働きます。この「インフォーマル(非公式)なサンクション」は、支援につながることもあれば、困っている人が相談しづらくなる圧力になることもあります。
福祉の相談窓口につながる前に、「世間体」「恥」「迷惑をかけたくない」といった感情がブレーキになるケースは、農村部ほど起きやすいと言われます。ここで効く対策は、制度を説明するだけでは足りず、「相談は承認される行動だ」と周囲がメッセージを出すことです。
具体的には、地域のリーダーやJA・集落組織が「困ったら早めに相談していい」「相談は段取りの一部」という言葉を繰り返すことで、相談行動に肯定的サンクションを付けられます。制度の罰や条件を弱める議論だけでなく、地域側が“承認の空気”を作ることが、実はコストが低く効果が出やすい打ち手になり得ます。
加えて、言葉の使い方も実務では重要です。「サンクション=制裁」とだけ言うと、支援が萎縮しやすいので、説明の場では「承認と制裁の両方」「制度が後押しする仕組み」とセットで語ると誤解が減ります。農業従事者の職場研修や地域説明会でも、この二面性を最初に共有するだけで、福祉の話が“自分ごと”として通りやすくなります。