フッ化水素(HF)は、単なる「強い酸で皮膚がただれる」だけでは終わりません。厚生労働省のモデルSDSでも、急性症状に加えて遅発性症状として肺水腫、心不全、腎不全などが挙げられており、時間差で重症化し得る点が重要です。特に「最初は軽い違和感」「後から強い痛み・水疱・全身症状」という流れが起こり得るため、自己判断で様子見をしない運用が必要です。
意外に見落とされがちなのは、「痛みが弱い=軽症」とは限らないことです。医療向け解説では、低濃度のフッ化水素酸は症状の発現が遅れることがあり、濃度によっては数時間後に強い症状が出る可能性があるとされています。つまり、暴露直後に痛みが少なくても、皮膚の奥へ浸透してから組織障害が進むケースを前提に、早期の除染と医療連携を組み立てるべきです。
参考)Hydrofluoric Acid Burns - Stat…
農業の現場では、洗浄作業や設備メンテ、薬剤・洗剤の取り扱いが多く、化学物質の「少量・短時間の接触」が起きやすい環境です。「少し付いたかも」「においを吸ったかも」を重大インシデントの入口として扱い、連絡・記録・受診をためらわないことが、結果的に稼働停止や長期離脱のリスクを下げます。
参考)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds_label/lab7664-39-3.html
皮膚・眼・吸入のどれが起きても、フッ化水素は「局所の腐食」と「全身への影響」を同時に警戒します。厚生労働省のGHSモデルラベルでは、吸入すると生命に危険、重篤な皮膚の薬傷と眼の損傷などが明確に示されています。農作業中にゴーグルを外しがちな場面(曇り、暑さ、汗)ほどリスクが上がるため、「短時間なら外す」は最も避けたい行動です。
吸入は、作業者本人だけでなく周囲にも影響します。モデルSDSの症状例には咳、息苦しさ、咽頭痛などがあり、遅発性として肺水腫が示されています。粉じんやミスト、蒸気を吸い込む状況を作らない(屋外・換気・風向きの確認)ことが、農業の作業導線では特に有効です。
参考)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/0063.html
眼は「少量でも深刻化しやすい」部位です。モデルラベルでは眼に入った場合に水で数分間注意深く洗うことなどが示されており、現場では洗眼できる水源(洗眼ボトルや洗眼器)を“すぐ手が届く場所”に固定しておく運用が、実際の被害差を生みます。
応急措置の基本は「暴露を止める→洗う→医療へ」です。厚生労働省のモデルラベル/モデルSDSでも、吸入時は新鮮な空気へ移し休息、皮膚は水やシャワーで洗浄、眼は洗浄を継続、飲み込みは口をすすぎ無理に吐かせない、そして“直ちに医師に連絡”が繰り返し強調されています。ここで大事なのは、応急措置は“完了”ではなく“医療へつなぐための初動”だと現場で共有しておくことです。
フッ化水素の応急処置として、海外の労働安全資料や医療ガイドラインではグルコン酸カルシウム(例:2.5%ゲル)の使用が、洗浄後できるだけ早く行う実務的手段として言及されています。例えばNIOSHの緊急対応カードでも、皮膚暴露に対しカルシウムグルコン酸の使用が医療処置として重要とされています。つまり「水で洗ったから終わり」ではなく、フッ化物イオン対策(カルシウムで結合させる考え方)がセットで語られる物質だと理解しておくと、現場教育の質が上がります。
参考)https://www.dir.ca.gov/dosh/dosh_publications/Hydrogen-Flouride-fs.pdf
ここが独自視点として重要ですが、農業分野では「フッ化水素そのもの」を扱う機会は多くなくても、外部業者のタンク洗浄・設備の酸洗い、資材の表面処理品、研究用途の薬品保管など、業務の周辺に入ってくる可能性があります。大学の安全資料でも、フッ化水素酸は事故症例が少なく対応できる病院が限られる場合がある、といった現実的な注意が書かれており、搬送先の当てを含めた事前準備が「現場力」になります。「救急車を呼べば何とかなる」ではなく、「何が付着したか(フッ化水素酸)」「応急処置をしたか」「SDSを持参できるか」までを伝達できる体制にしておくのが有効です。
参考)http://www.eng.kobe-u.ac.jp/safety/pdf/1-2-8.pdf
参考:応急処置(グルコン酸カルシウム軟膏、119通報時の伝達)について具体的に書かれています。
神戸大学 工学研究科:フッ化水素酸(フッ酸)の安全資料
参考:応急措置(吸入・皮膚・眼・飲み込み)の基本がGHS形式でまとまっています。
保護具は「とりあえず手袋」ではなく、吸入・眼・皮膚を同時に守る発想で組みます。厚生労働省の注意書きには、粉じん/煙/ガス/ミスト/蒸気/スプレーを吸入しない、屋外または換気の良い場所のみで使用、保護手袋・保護衣・保護眼鏡/保護面を着用、換気が不十分なら呼吸用保護具を着用、といった要点が並びます。農作業の現場は風向きで曝露が変わるため、「換気=室内の話」ではなく、屋外でも風下に人を立たせない配置が同じくらい重要です。
また、保護具の落とし穴は「装着していても、脱ぐ瞬間に汚染が移る」ことです。モデルラベルには、汚染された衣類は脱ぎ、再使用するなら洗濯、といった基本が含まれています。農業では手袋を外してスマホや車のハンドルに触れる行動が連鎖しやすいので、作業動線の中に“汚染ゾーンと清潔ゾーン”を分け、外す順番・捨て方・洗浄場所を決めておくと事故後の二次被害を減らせます。
最後に、保管と表示も事故防止の一部です。厚生労働省の資料では施錠保管や換気の良い場所での保管などが示されており、農場では「誰がいつ触ったか分からない棚」や「洗剤と同じ場所」は避けるのが基本です。容器ラベルが剥がれやすい環境(湿気、泥、紫外線)だからこそ、ラベル保護や二重表示まで含めて運用設計すると、ヒヤリハットが激減します。