フロリゲンは従来の植物ホルモンでない?正体はFTタンパク質

フロリゲンの正体がついに判明。なぜ70年も幻と呼ばれたのか?従来の植物ホルモンとは何が違うのか?農業での活用法や最新のアンチフロリゲン研究まで、植物の開花メカニズムの最前線を徹底解説します。あなたの畑の作物はどう制御できる?
フロリゲンの正体と農業活用のポイント
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正体はタンパク質

従来の低分子ホルモンとは異なり、フロリゲンはFTタンパク質という高分子が実体でした。

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農業への応用可能性

開花時期の調整だけでなく、ジャガイモなどの塊茎形成や収穫量アップにも期待されています。

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アンチフロリゲン

花を咲かせない「アンチフロリゲン」とのバランスが、植物の成長と繁殖を決定づけています。

フロリゲンは植物ホルモンでないのか

フロリゲンの正体は低分子化合物ではなくFTタンパク質

 

長年、植物生理学の世界では「植物ホルモン」といえば、オーキシンやジベレリン、サイトカイニンといった「低分子化合物」を指すのが常識でした。これらは分子量が小さく、細胞膜を透過したり、専用のトランスポーターを介して容易に細胞間を移動したりできる物質です。しかし、フロリゲン(花成ホルモン)に関しては、その正体が長らく謎に包まれていました。「花を咲かせる指令を出す物質があるはずだ」という予言は1930年代からなされていましたが、実際にその物質を単離・特定しようとすると、従来の植物ホルモンの抽出手法ではどうしても見つからなかったのです。
その理由は、フロリゲンの正体が従来の常識を覆す「タンパク質」だったからです。具体的には「FTタンパク質(Flowering Locus T)」と呼ばれる、分子量が約20,000もある高分子物質であることが21世紀に入ってようやく確定しました。これは従来の植物ホルモン(分子量数百程度)と比較すると、実に100倍近い巨大なサイズです。「フロリゲンは植物ホルモンではない」という検索キーワードが見られるのは、このように「古典的な植物ホルモンの定義(低分子化合物)」には当てはまらない特殊な性質を持っているためです。
現在では、ペプチドホルモンの一種として広義の植物ホルモンに分類されることが一般的ですが、その作用機序は非常にユニークです。一般的なホルモンが受容体に結合してシグナルを伝えるのに対し、フロリゲンはそれ自体が長距離を移動し、茎頂(成長点)で他のタンパク質と物理的に結合して「複合体(フロリゲン活性化複合体)」を形成することで、遺伝子のスイッチを直接オンにする働きを持っています。この発見は、植物が情報を伝える手段として、低分子だけでなくタンパク質そのものを長距離輸送のシグナルとして使っていることを証明した、植物科学における革命的な出来事でした。
以下のリンク先では、フロリゲンがタンパク質であることが発見された経緯や、その構造解析に関する詳細な研究成果が解説されています。
J-STAGE: 植物ホルモン応答を自在に操作する新技術と受容体の研究

フロリゲンが幻の物質と呼ばれた理由と発見の歴史

フロリゲンという名前は、1936年にロシアの植物生理学者チャイラヒャンによって提唱されました。彼は、日照時間の変化(日長)を感じ取るのは「葉」であるにもかかわらず、実際に花芽が形成されるのは「茎の先端(茎頂)」であることに着目しました。ここから、「葉で作られ、茎頂まで移動して花を咲かせる未知の物質」の存在を仮定し、これをフロリゲンと名付けました。
この仮説を証明するために、世界中の研究者が70年もの間、フロリゲンの探索に明け暮れました。接ぎ木の実験では、花が咲いている植物の葉を、花が咲かない条件にある植物に接ぐと、接がれた方の植物も花を咲かせることが確認されていました。これは物質が「移動」している決定的な証拠です。しかし、いくら葉をすり潰して抽出しても、花を咲かせる活性物質を取り出すことはできませんでした。

     

  • 抽出過程でタンパク質が変性してしまっていた
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  • 低分子化合物をターゲットにした分析手法ばかりが行われていた
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  • 非常に微量で機能するため、当時の技術では検出限界以下だった

これらの理由から、フロリゲンは「幻の植物ホルモン」と呼ばれ、一時は「実体など存在せず、複数の物質のバランスで決まる概念に過ぎないのではないか」とさえ疑われました。
事態が急変したのは2000年代です。シロイヌナズナやイネを用いた分子遺伝学の研究が進み、「FT遺伝子」や「Hd3a遺伝子」が花芽形成に不可欠であることが分かりました。そして2007年、日本の研究チームを含む複数のグループが、FTタンパク質そのものが維管束(師管)を通って葉から茎頂へ移動していることを証明し、70年越しの謎がついに解明されたのです。
以下の記事は、フロリゲン発見の歴史と、それが植物科学に与えたインパクトについて、専門家が一般向けに分かりやすく解説しています。
日本植物生理学会: 花芽を作るホルモン・フロリゲンの発見物語

フロリゲンの農業への応用と開花制御の未来

フロリゲンの正体が判明したことで、農業、特に園芸や作物生産の現場には大きな可能性が開かれました。植物の開花時期をコントロールすることは、収穫時期の調整や高付加価値化に直結するからです。例えば、これまでは電照菊(キク)のように、夜間に照明を当てたり遮光したりして人工的に日長を作り出し、開花時期を調整する栽培方法が一般的でした。しかし、これは多大な電気代と設備投資を必要とします。
もし、フロリゲンの働きを直接コントロールできれば、日長条件に関わらず、好きなタイミングで作物を開花させたり、逆に開花を抑制して株を大きく育てたりすることが可能になります。具体的な農業利用の可能性として、以下のような技術が研究されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

応用分野 期待される効果
開花促進 気候不順による生育遅れの回復、早出し栽培による高単価販売、品種改良サイクルの短縮(世代促進)。
開花抑制 葉物野菜(ホウレンソウやレタス)のトウ立ち(抽苔)防止、サトウキビなどのバイオマス増大。
周年栽培 季節を問わず安定して生産できる体制の構築。電照設備などのエネルギーコスト削減。

特に注目されているのが「RICE157」のような化学物質による制御技術です。フロリゲンそのものはタンパク質であるため、農薬としてスプレーで散布しても植物体内に吸収させることは困難です。そこで、フロリゲンの生産を誘導するような低分子化合物や、フロリゲンが結合する受容体に作用する薬剤の開発が進められています。将来的には、「開花促進剤」をひと吹きするだけで、収穫時期をピタリと揃えられる日が来るかもしれません。
以下のプレスリリースでは、フロリゲンの機能を直接制御できる化合物の発見と、それがもたらす農業へのインパクトについて紹介されています。
名古屋大学: フロリゲンの機能を直接制御できる化合物を発見

フロリゲンと対をなすアンチフロリゲンの役割

植物の中には、花を咲かせるフロリゲンとは正反対の働きをする物質も存在します。それが「アンチフロリゲン」です。フロリゲン(FTタンパク質)と構造が非常によく似た「TFL1タンパク質(Terminal Flower 1)」などがこれに該当します。
興味深いことに、フロリゲンとアンチフロリゲンは、アミノ酸配列が非常に似通っているにもかかわらず、機能は真逆です。植物の茎頂では、この二つのタンパク質が「椅子の奪い合い」をしています。花芽形成のスイッチを入れるためのパートナー(14-3-3タンパク質やFD転写因子)に対し、フロリゲンが結合すれば花が咲き、アンチフロリゲンが結合すれば花は咲かず、葉や茎の成長が維持されます。

     

  • フロリゲン優勢: 花芽分化が進み、生殖成長へ移行(花、実の生産)。
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  • アンチフロリゲン優勢: 栄養成長が継続(茎、葉の拡大)。

この絶妙なバランスこそが、植物の形作り(ボディプラン)を決めています。例えば、トマトの「無限花序」という、成長しながら次々と花をつけ続ける性質は、このフロリゲンとアンチフロリゲンのバランスによって保たれています。もしアンチフロリゲンが機能しなくなると、茎の先端がいきなり花になってしまい、それ以上背が伸びなくなってしまいます(止まり木現象)。農業においては、このバランスを理解することで、「果実はたくさん欲しいが、樹勢も維持して長く収穫したい」といった高度な制御が可能になると考えられています。
以下の研究記事では、フロリゲンとアンチフロリゲンがどのように競合し、植物の開花スイッチを制御しているかのメカニズムが詳述されています。
奈良先端科学技術大学院大学: 花を咲かせないようにする仕組みを発見

フロリゲンの機能は花だけではない塊茎形成の秘密

フロリゲンという名前は「花(Flora)の源(gen)」に由来しますが、最新の研究では、その働きは開花だけに留まらないことが分かってきました。実は、ジャガイモの芋(塊茎)やタマネギの鱗茎が太るメカニズムにも、フロリゲンが深く関わっています。
ジャガイモの場合、FTタンパク質の仲間である「SP6A」というタンパク質がフロリゲンとしての役割を果たしています。日長条件が満たされると、葉で作られたSP6Aが地下茎の先端へと移動します。そして、そこで塊茎形成のスイッチをオンにするのです。つまり、ジャガイモにとっては「芋ができること」と「花が咲くこと」は、同じようなメカニズムで制御されている現象なのです。
この知見は、根菜類の農業生産に革命をもたらす可能性があります。

     

  • 高温条件でも確実に芋を肥大させる品種の育成
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  • 日長条件に左右されずに栽培できるタマネギの開発
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  • 種芋の休眠打破や萌芽のコントロール

例えば、本来であれば短日条件(日が短くなる秋など)でしか芋が太らない品種を、フロリゲンの遺伝子制御によって長日条件(春〜夏)でも芋ができるように改良できれば、栽培地域の拡大や二期作の安定化につながります。フロリゲンは単なる「花咲かホルモン」ではなく、植物全体の「貯蔵器官形成ホルモン」あるいは「成長相転換ホルモン」とも呼ぶべき、多機能な司令塔だったのです。
以下の資料では、フロリゲンが花だけでなく、ジャガイモの塊茎形成などの農業上重要な器官形成にも機能を持っていることが解説されています。
横浜市立大学: フロリゲンは花だけでなくジャガイモもつくる

 

 


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