農業機械のメンテナンスにおいて、最も基本的でありながら奥が深いのが防錆剤の「成分」についての知識です。多くの農家の方が、ホームセンターや専門店で「サビ止め」と書かれたスプレーを何気なく手に取っていますが、実はその成分によって効果の持続期間や適した用途は大きく異なります。防錆剤は単なる油ではなく、ベースとなる基油にさまざまな化学物質(添加剤)を配合して作られた機能性化学製品です。
防錆剤の主成分は、大きく分けて「ベースオイル(基油)」と「防錆添加剤」の2つで構成されています。ベースオイルは防錆剤の土台となる部分で、鉱物油や合成油、あるいは水が使われます。このベースオイルが金属表面に広がり、酸素や水分を遮断する最初の壁となります。しかし、ベースオイルだけでは完全にサビを防ぐことはできません。そこで重要になるのが、金属表面に化学的に吸着して強力な保護膜を作る「防錆添加剤」です。
参考)防錆剤
農業機械は、雨ざらしの保管環境や、泥・肥料などの腐食性物質が付着しやすい過酷な状況で使用されます。そのため、一般的な家庭用の防錆スプレーに含まれる成分だけでは不十分なケースが多々あります。例えば、トラクターの爪やコンバインの刈取部など、激しい摩擦にさらされる部分には潤滑性を持った成分が必要ですし、冬期の長期保管には厚い被膜を作るワックス成分が必要になります。
この記事では、防錆剤のパッケージ裏面に記載されている成分表を読み解き、あなたの農機具に最適な一本を選ぶための専門知識を深掘りしていきます。成分の名前や役割を知ることで、高価な機械をサビから守り、長く快適に使い続けるための具体的な対策が見えてくるはずです。
防錆剤はその成分構成によって、大きく「溶剤希釈型」「潤滑油型」「ワックス型」「気化性」などの種類に分類され、それぞれ農業現場での使いどころが異なります。
参考)https://jp.misumi-ec.com/tech-info/categories/technical_data/td06/x0213.html
まず、最も一般的で扱いやすいのが「溶剤希釈型(ソルベント希釈型)」です。このタイプは、防錆成分を石油系の溶剤で溶かして液状にしたものです。スプレーするとサラサラとした液体が金属の隙間まで浸透し、その後に溶剤が揮発して飛ぶことで、金属表面に半乾燥状の薄い防錆被膜(ソフト膜)を残します。
農業機械においては、チェーンや細かいリンク部分、ボルトの隙間など、複雑な形状をした箇所のサビ止めに最適です。塗布直後は濡れていますが、時間が経つとベタつきが少なくなるため、ホコリや土が付着しにくいというメリットがあります。成分としては、石油系溶剤の中にスルホン酸塩などの防錆添加剤が含まれています。
次に「潤滑油型」です。これはエンジンオイルのような粘度のある油に防錆剤を添加したものです。溶剤希釈型のように揮発して乾くことがなく、常に液体の油膜として金属表面に留まります。
このタイプの特徴は、防錆と同時に「潤滑」の効果も期待できることです。コンバインのチェーンや刈刃の摺動部など、動く部分のメンテナンスにはこのタイプが必須です。ただし、油分が残るため、屋外保管の場合は雨で流されやすく、また土埃を吸着しやすいというデメリットもあります。頻繁にメンテナンスを行う稼働期間中の使用に向いています。
参考)https://www.daizo.co.jp/nichimoly/product/detail/industry/lubrication/farming/
そして、長期保管に特化したのが「ワックス型」です。これは成分にパラフィンワックスや酸化ワックスを多く含んでおり、塗布して溶剤が揮発すると、固形の厚い被膜を形成します。
参考)AZ 長期防錆オイル 216h 1L
この被膜は非常に強固で、水分や酸素を完全にシャットアウトするため、半年以上の長期保管や、屋外に置かれるアタッチメントの防錆に絶大な効果を発揮します。ただし、使用を再開する際には、パーツクリーナーなどでこのワックス被膜を除去する必要がある場合も多いため、可動部への使用には注意が必要です。
最後に「気化性防錆剤」という特殊なタイプもあります。これは成分が常温で少しずつ気化し、そのガスが金属表面に吸着して防錆被膜を作るものです。
参考)301 Moved Permanently
通常は密閉空間で使用するため、エンジンの内部や、部品をビニール袋に入れて保管する際などに使われます。直接液体を塗ることが難しい電子部品周りや、タンク内部のサビ止めとして活用されています。成分としては、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライト(DICHAN)などの揮発性アミン塩が使われることが一般的です。
参考)防錆剤の種類と特徴
参考リンク:防錆剤の種類と特長 | MISUMI-VONA【ミスミ】(防錆剤のタイプ別特性と選定基準について詳細な技術情報が記載されています)