アルツハイマー病原因タンパク質アミロイドベータとタウの脳内蓄積

アルツハイマー病の原因タンパク質であるアミロイドベータとタウは、なぜ脳内に蓄積し神経細胞を破壊するのでしょうか?その発生メカニズムから最新の排出理論、意外な関連性までを深掘りします。あなたは脳のゴミ出しができていますか?

アルツハイマー病原因タンパク質

アルツハイマー病原因タンパク質
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アミロイドベータ

脳内にシミのように広がる老人斑の主成分であり、発症の20年前から蓄積が始まる。

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タウタンパク質

神経細胞内で支柱が崩れるように糸くず状に溜まり、細胞死を直接引き起こす。

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排出システム

睡眠中に脳脊髄液が脳内を洗浄する「グリンパティック系」がカギを握る。

アルツハイマー病の原因タンパク質アミロイドベータが脳に蓄積する仕組み

 

アルツハイマー病の最初の引き金とされるのが、アミロイドベータ(Aβ)というタンパク質の脳内蓄積です 。このタンパク質は、本来誰の脳にも存在する「アミロイド前駆体タンパク質(APP)」という物質が代謝される過程で生まれます。通常であれば、ゴミとして分解・排出されますが、加齢や遺伝的要因により排出が追いつかなくなると、脳内で凝集を始めます 。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10128090/

アミロイドベータが蓄積するプロセスは、非常に微細な分子的メカニズムによって進行します。

 

  • 切断のエラー: APPは通常、「アルファ・セクレターゼ」という酵素で切断され無害な断片になります。しかし、アルツハイマー病の脳内では「ベータ・セクレターゼ」と「ガンマ・セクレターゼ」という酵素によって切断され、毒性の高いアミロイドベータ(特にAβ42と呼ばれるタイプ)が生成されてしまいます 。

    参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11764136/

  • オリゴマーの形成: 生成されたアミロイドベータは、最初は単体(モノマー)ですが、次第に数個から数十個集まって「オリゴマー」と呼ばれる集合体を作ります。近年の研究では、このオリゴマーの状態が最もシナプス毒性が高く、記憶形成を阻害する主犯格であることがわかってきています 。

    参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8468668/

  • 老人斑(アミロイドプラーク): オリゴマーがさらに凝集して繊維状になり、最終的に脳細胞の外に不溶性の「老人斑」として沈着します。これがアルツハイマー病患者の脳に見られる特徴的なシミの正体です 。

    参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8876037/

認知症予防と糖質の関係:インスリン抵抗性がアミロイドベータ分解を阻害するメカニズム
このアミロイドベータの蓄積は、認知症の症状が出る15年から20年も前から始まっていることが明らかになっています 。つまり、50代、60代の働き盛りの時期に、脳内では静かに「ゴミ」が溜まり始めています。特に、インスリン分解酵素はアミロイドベータの分解も担っているため、高血糖状態でインスリンが過剰に分泌されると、酵素がインスリン処理にかかりきりになり、アミロイドベータの掃除がおろそかになるという説も有力です 。

 

参考)アルツハイマー病は脳をどのように変えるか

アルツハイマー病の原因タンパク質タウのリン酸化と神経細胞への影響

アミロイドベータが「脳のシミ」なら、タウタンパク質は「神経細胞の崩壊」を招く死神のような存在です。タウは本来、神経細胞の中で物質輸送のレールとなる「微小管」を安定させる役割を持つ、非常に重要なタンパク質です 。しかし、アミロイドベータの蓄積などのストレスが引き金となり、タウに異常が起こります。

 

参考)https://www.abcam.co.jp/neuroscience/beta-amyloid-and-tau-in-alzheimers-disease

タウタンパク質が病的な変化を遂げるプロセスは以下の通りです。

 

  1. 過剰リン酸: 何らかの原因でタウタンパク質にリン酸基が過剰に結合(リン酸化)してしまいます。すると、タウは微小管から剥がれ落ちてしまいます 。​
  2. 神経原線維変化(NFT): 剥がれ落ちたタウタンパク質同士が結合し、神経細胞の中で糸くずのような塊(もつれ)を形成します。これを神経原線維変化と呼びます 。​
  3. 細胞死: 微小管という支柱を失った神経細胞は、物質輸送ができなくなり、最終的に死滅します。タウの蓄積場所と脳の萎縮場所は一致しており、認知機能低下の直接的な原因はアミロイドベータよりもタウの蓄積にあると考えられています 。

    参考)アルツハイマー病テキスト

AMED:タウタンパク質が脳から除去される新たなメカニズムの研究成果
興味深いことに、アミロイドベータの蓄積がタウの異常化を促進するという「アミロイドカスケード仮説」が長年支持されてきましたが、最近の研究では、これらは独立して動いている可能性や、炎症反応が仲介している可能性も指摘されています 。タウの病変は、記憶を司る「海馬」周辺から始まり、大脳皮質全体へと広がっていく特徴があります。この広がり方が、アルツハイマー病の症状進行(物忘れから始まり、見当識障害、判断力低下へ)とリンクしています。

 

参考)アルツハイマー病の原因物質とは – アミロイドβ…

プロセス タンパク質 発生場所 影響
第一段階 アミロイドベータ 細胞外 毒性オリゴマー形成、シナプス機能障害
第二段階 タウ 細胞内 微小管の崩壊、神経原線維変化、細胞死
最終結果 脳萎縮 脳全体 認知機能の不可逆的な喪失

アルツハイマー病の原因タンパク質を脳から排出する睡眠とグリンパティック系

「寝る子は育つ」と言いますが、大人にとっては「寝る人はボケない」が真実かもしれません。アルツハイマー病の原因タンパク質を脳から物理的に洗い流すシステムとして、近年注目されているのが「グリンパティック系(Glymphatic System)」です 。

 

参考)脳の炎症が認知症の原因に?タウタンパク質が脳炎症を引き起こす…

脳には体のようなリンパ管が存在しないと長年考えられてきましたが、実は脳脊髄液が脳実質内に染み渡り、老廃物を回収して静脈へ流すという独自の洗浄システムがあることが発見されました。このシステムが最も活発に働くのが、睡眠中です。

 

  • 脳の洗浄タイム: 睡眠中、特にノンレム睡眠(深い睡眠)に入ると、脳の神経細胞(グリア細胞)がわずかに縮み、細胞と細胞の隙間が広がります。この広がったスペースに脳脊髄液が勢いよく流れ込み、日中に蓄積したアミロイドベータやタウなどの老廃物を洗い流します 。​
  • 睡眠不足のリスク: 睡眠時間が短い、あるいは睡眠の質が悪いと、この洗浄システムが十分に機能しません。実際、動物実験では睡眠を制限するとアミロイドベータの蓄積量が急速に増加することが確認されています 。

    参考)KAKEN — 研究課題をさがす

  • 横向き寝の効果: 一部の研究では、仰向けよりも横向きで寝る方が、グリンパティック系の効率が良い可能性が示唆されています。

KAKEN:REM睡眠による異常タンパク質排出増加とアルツハイマー病の関連研究
農業や肉体労働に従事する方は日中の活動量が多いですが、身体的な疲労と脳の疲労は別物です。身体が疲れていても、アルコールの過剰摂取や就寝前のスマホ操作などで睡眠の質を下げてしまうと、脳の「掃除」は行われません。日中の作業効率を維持するためだけでなく、将来の脳を守るためにも、7時間程度の質の高い睡眠を確保することは、最も安上がりで強力な予防策と言えます 。

アルツハイマー病の原因タンパク質と歯周病菌による炎症の意外な関連性

アルツハイマー病は脳の病気ですが、実は口の中の環境がその発症に大きく関わっているという衝撃的な事実が明らかになっています。特に注目されているのが、歯周病の原因菌である「ポルフィロモナス・ジンジバリス菌(Pg菌)」です 。

 

参考)https://researchmap.jp/matsumoto.hideki/misc/46405847/attachment_file.pdf

なぜ口の中の菌が脳のタンパク質に影響を与えるのでしょうか?そのルートは主に2つあります。

 

  1. 血液ルート: 重度の歯周病になると、歯茎の血管からPg菌やその毒素(ジンジパイン)が血流に乗って全身を巡ります。これらが脳血管関門(血液脳関門)というバリアを突破して脳内に侵入すると、脳内で慢性的な炎症を引き起こします 。

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  2. アミロイドの増産: Pg菌が脳内に侵入すると、脳は防御反応としてアミロイドベータを産生します。アミロイドベータには抗菌作用があるため、菌と戦おうとして逆に蓄積が増えてしまうのです。さらに、Pg菌の毒素はアミロイドベータの受容体を増やし、細胞内への取り込みと蓄積を加速させることがわかっています 。

    参考)歯周病菌がアルツハイマー病を悪化させる!?

歯周病菌Pg菌が脳内のタウタンパク質異常を引き起こすメカニズム
さらに恐ろしいことに、Pg菌による炎症はアミロイドベータだけでなく、タウタンパク質のリン酸化も促進させることが動物実験で確認されています 。つまり、歯磨きをサボり歯周病を放置することは、間接的に脳内に原因タンパク質を工場のように量産させていることになります。

歯を失う本数が多いほどアルツハイマー病のリスクが高まるというデータもあります 。農業従事者の方は繁忙期に歯科通院がおろそかになりがちですが、定期的な歯石除去や口腔ケアは、単に歯を守るだけでなく、脳を守るための重要な投資なのです。

アルツハイマー病の原因タンパク質を標的とした最新治療薬と今後の展望

長年、アルツハイマー病は「治らない病気」とされてきましたが、原因タンパク質に直接働きかける新薬の登場により、その常識が覆りつつあります。その代表格が「レカネマブ(商品名:レケンビ)」です。

 

これまでの認知症薬(ドネペジルなど)は、低下した神経伝達物質を補う「対症療法」であり、病気の進行そのものを止めることはできませんでした。しかし、レカネマブは「疾患修飾薬」と呼ばれ、原因物質であるアミロイドベータそのものを標的とします。

 

  • 作用機序: レカネマブは、アミロイドベータが凝集して固まる手前の「プロトフィブリル」という段階の物質に結合します。これを目印にして、脳内の免疫細胞(ミクログリア)がアミロイドベータを貪食・除去します。これにより、神経細胞が破壊されるのを防ぎ、病気の進行を27%抑制することが臨床試験で示されました。
  • 適応の限界: ただし、この薬が効くのは、アミロイドベータが蓄積し始めているが、まだ認知症が軽度である「軽度認知障害(MCI)」や「極早期」の段階に限られます 。すでに神経細胞が死滅し、脳が萎縮してしまった段階では効果が期待できません。

    参考)アルツハイマー病の鍵を握る“可逆的な前駆体”を発見—タウ凝集…

理化学研究所:アルツハイマー病悪性化に関わるタンパク質と創薬ターゲット
今後は、アミロイドベータだけでなく、タウタンパク質の蓄積を抑える薬や、脳内の炎症を抑える薬、さらにはiPS細胞を用いた再生医療の研究も進んでいます 。しかし、最も確実なのは「薬に頼らざるを得なくなる前に予防する」ことです。

 

参考)アルツハイマーになりやすい人の生活習慣|認知症・初期症状・予…

アミロイドベータやタウといった原因タンパク質は、私たちの生活習慣の結果として蓄積します。

 

これらを組み合わせることで、原因タンパク質の蓄積に対抗できる「脳の予備能(コグニティブ・リザーブ)」を高めることができます。アルツハイマー病の原因タンパク質との戦いは、特効薬を待つことではなく、日々の生活の中で始まっています。

 

 


アルツハイマー病は「脳の糖尿病」 2つの「国民病」を結ぶ驚きのメカニズム (ブルーバックス)