ラッカー塗装において、最も恐ろしいトラブルの一つが「白化現象(ブラッシング)」です。これは、塗装した表面が乾燥する過程で、空気中の湿気を取り込んでしまい、塗膜が白く濁って艶が失われる現象を指します 。特に日本の梅雨時期や夏場の高温多湿な環境下では、ラッカー塗料に含まれる溶剤が急激に揮発する際に「気化熱」によって塗装面の温度が下がり、周囲の水分が結露して塗料に混ざり込むことで発生します 。
この厄介な現象を未然に防ぐ最強のツールが「リターダー(乾燥遅延剤)」です。リターダーは、通常のラッカーシンナーよりも沸点が高く設定されており、蒸発する速度が非常に緩やかであるという特性を持っています 。塗料にリターダーを添加することで、溶剤の揮発スピードを意図的に遅くし、塗装表面の急激な温度低下(気化熱による冷却)を抑制します。これにより、空気中の水分が凝結するのを防ぎ、湿度が高い日でもクリアで美しい塗膜を形成することが可能になります 。
参考)リターダーシンナーとは トソウペディア-塗装用語百科事典-
また、リターダーには「ノンブラッシングシンナー」という別名があり、その名の通りブラッシング(白化)を防ぐための専用添加剤としてプロの現場でも常備されています 。湿度が80%を超えるような雨の日や、気温が30度を超える真夏日には、通常のシンナーだけで塗装を行うとほぼ確実に白化現象が発生してしまいます 。そのような過酷な条件下でも、リターダーを適切に使用することで、まるで晴天時に塗装したかのような透明感のある仕上がりを実現できるのです。塗装初心者が陥りやすい「なぜか色が白っぽくなる」「艶が出ない」という悩みの多くは、このリターダーの有無で解決できるケースがほとんどです。
参考)302 Found
リターダーの効果を最大限に発揮させるためには、「混ぜる量」と「希釈のバランス」が極めて重要です。基本的には、塗料を希釈するラッカーシンナーに対して「5%〜20%」程度の割合でリターダーを添加するのが黄金比とされています 。しかし、この割合は気温や湿度、塗装方法(筆塗りかエアブラシか)によって微妙に調整する必要があります。
具体的な手順としては、まず塗料とラッカーシンナーを規定の倍率(例えば1:1など)で混ぜ合わせます。その後に、リターダーをスポイトなどで少量ずつ添加していきます。
🌧️ 湿度が高い日(雨天・梅雨):
湿度が非常に高い場合は、リターダーの添加量を多め(15%〜20%)に設定します。乾燥時間を大幅に遅らせることで、水分が塗膜から抜けきる時間を確保し、白化を強力にブロックします。ただし、入れすぎると乾燥までの時間が極端に長くなり、ホコリが付着するリスクが増えるため注意が必要です 。
参考)プロ用リターダーシンナー100cc
☀️ 気温が高い日(真夏):
夏場は溶剤の揮発が早すぎるため、塗装面が平滑になる前(レベリングする前)に固まってしまい、表面がザラザラになる「ゆず肌」になりがちです。この場合、リターダーを10%程度混ぜることで乾燥を遅らせ、塗料がじわっと広がる時間を稼ぎます。これにより、滑らかで艶のある表面を作ることができます 。
参考)https://www.mixing-colors.jp/?pid=75124349
⚠️ 入れすぎの注意点:
リターダーはあくまで「添加剤」であり、メインの溶剤ではありません。全体の30%を超えるような過剰な量を入れると、いつまで経っても塗料が乾かない「乾燥不良」を引き起こしたり、塗装後に塗料が垂れてくる(タレ)原因になります 。初めて使用する場合は、まず5%程度からスタートし、テストピースに吹き付けて白化しないか、肌が荒れていないかを確認しながら、徐々に量を増やしていく「微調整」が失敗しないコツです 。
参考)https://shop.ishiguro-gr.com/Page/knowledge_making-repair_09.aspx
リターダーはスプレー塗装(エアブラシ)だけでなく、「筆塗り」においても劇的な効果を発揮します。筆塗りの最大の難点は、筆を動かしている最中に塗料が乾き始め、筆跡(ブラシマーク)が残ってしまうことです。特にラッカー塗料は乾燥が速いため、広い面積を筆で塗ろうとすると、塗り継ぎ目が目立って汚くなってしまうことがよくあります 。
ここでリターダーの「乾燥遅延」効果が役立ちます。リターダーを添加すると、塗料が乾燥するまでの「可使時間」が延長されます。これにより、筆で塗料を伸ばした後に、塗料自身の重力で表面が平らになろうとする作用(レベリング)が長時間働くようになります 。結果として、筆跡がスッと消え、まるでスプレーで塗装したかのような「平滑」で「艶」のある鏡面のような仕上がりを得ることができます。
参考)https://ameblo.jp/mdsf-x1/entry-11521657453.html
🎨 筆塗り時のポイント:
筆塗りの場合は、スプレー塗装よりも少し多めにリターダーを入れても問題ありません。リターダーを含ませた塗料は伸びが非常に良くなるため、筆の運びが驚くほどスムーズになります。「筆が引っかかる感じ」がなくなったら、適切な量が混ざっている証拠です 。
参考)コレ一滴で絶対に筆塗りが得意技になる。いまこそ「リターダー」…
また、リターダー入りの塗料を重ね塗りする場合は、下の層が溶け出すリスク(リフティング)があるため、一層ごとの乾燥時間を十分に取ることが大切です。しかし、その分、層同士が化学的にしっかりと融合し、強固で剥がれにくい塗膜を形成するというメリットもあります。
模型製作や家具の補修などで、「筆塗りだとどうしても安っぽくなる」と悩んでいる方は、ぜひリターダーを活用してみてください。プロのモデラーや塗装職人が行うような、しっとりとした濡れたような艶を、筆一本で再現することが可能になります。乾燥を味方につけることで、塗装の難易度はぐっと下がります。
農業従事者にとって、トラクターやコンバインなどの「農機具」のメンテナンスは、作業効率と機械の寿命に直結する重要な業務です。農機具は常に屋外の過酷な環境にさらされており、紫外線、雨風、泥、肥料などの影響で塗装が劣化しやすい傾向にあります。これらの補修塗装にラッカー塗料を使用する場合、リターダーの活用は単なる「白化防止」以上の意味を持ちます 。
🚜 納屋や倉庫での塗装環境:
農機具の塗装は、専用の塗装ブースではなく、風通しの悪い納屋や湿気のこもりやすい倉庫で行われることが多いでしょう。こうした環境は、通気性が悪く湿度が滞留しやすいため、非常に白化現象(カブリ)が起きやすい「悪条件」です。リターダーを使用することで、このような劣悪な環境下でも、塗装の失敗リスクを最小限に抑えることができます。
💧 厚塗りによる耐久性向上:
農機具の塗装では、見た目の美しさだけでなく、錆を防ぐための「塗膜の厚み」と「密着力」が求められます。リターダーを添加して乾燥を遅らせることで、塗料が対象物の微細な凹凸や傷の奥までじっくりと浸透し、素地との密着性が高まります。また、急激な乾燥による塗膜のひび割れ(クラック)を防ぎ、柔軟性のある強靭な塗膜を形成することができます。これにより、泥汚れの洗浄や小石の跳ね返りにも耐えうる、耐久性の高い保護層を作ることができます。
🛠️ 部分補修(タッチアップ)での馴染ませ効果:
農機具の一部だけ色が剥げた場合、筆で部分補修を行うことがよくあります。この際、リターダーを混ぜた塗料を使用すると、古い塗装面と新しい塗料の境界線が綺麗に馴染み(ボカシ効果)、補修箇所が目立たなくなります。リターダーの溶解力が、古い塗膜の表面をわずかに溶かし、新しい塗料と一体化させるためです。
忙しい農繁期の合間に行うメンテナンスだからこそ、一度の塗装で長持ちさせたいものです。リターダーという「ひと手間」を加えるだけで、農機具の美観と寿命が大きく変わることを、ぜひ現場で実感してください。

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