果樹栽培において、春先のスタートダッシュを決める最も重要な要素が「貯蔵養分」です。多くの生産者が、果実の肥大期や収穫前の肥料管理には細心の注意を払いますが、実は春の開花時期こそが、樹木にとって最大のエネルギー消費イベントであることを意識している人は、意外と少ないかもしれません。
なぜ「荒摘花」が必要なのか?
果樹、特にリンゴやナシ、モモなどの落葉果樹は、春に芽吹き、葉を展開し、花を咲かせるためのエネルギーのほぼ全てを、前年の秋に蓄えた「貯蔵養分」に依存しています。この時期、まだ新しい葉は十分に光合成を行っておらず、外部からのエネルギー供給は期待できません。つまり、樹木は「貯金」を切り崩して生活している状態なのです 。
参考)摘蕾、摘花、摘果について教えて下さい!
満開の桜を想像してください。あの圧倒的な花量は、樹木にとって凄まじいエネルギーの浪費です。放置すれば、すべての花が受粉し、種子を作ろうとさらに養分を消費します。これを防ぐのが「荒摘花(あらてきか)」です。開花前後の可能な限り早い段階で、不要な花(蕾)を大まかに取り除くことで、無駄な浪費を食い止めます。
「荒摘花」を行わずに、実が止まってから行う「摘果」まで待ってしまうと、すでに多くの貯蔵養分が失われた後になります。この「時間のロス」は、後から肥料を足しても取り返すことができない貴重な資源なのです。
プロの農家にとって最も恐ろしい現象の一つが「隔年結果(かくねんけっか)」です。これは、豊作の年(表年)と不作の年(裏年)が交互にやってくる現象で、経営の安定性を著しく損ないます。特に、摘果のタイミングが遅れることは、この隔年結果を引き起こす最大の引き金となります。
花芽分化とタイミングの密接な関係
翌年の花芽(来年咲く花のもと)は、実は今年の夏(6月から7月頃)にはすでに形成が始まっています。しかし、この時期に樹木が大量の果実(種子)を抱えていると、種子から出るホルモン(ジベレリン等)が花芽の形成を抑制してしまいます。また、果実の成長に養分が奪われ、花芽を作る余力がなくなってしまいます 。
参考)果樹栽培の悩みのタネ『隔年結果』~常識を覆せ!隔年結果からの…
「荒摘花」によって早期に着果負担を減らすことは、単に今年の果実を大きくするだけでなく、樹木に対して「今年は余裕があるから、来年の準備をしてもいいよ」というシグナルを送ることになります。
| 項目 | 荒摘花を実施した場合 | 実施が遅れた場合(摘果のみ) |
|---|---|---|
| 樹木の負担 | 最小限(貯蔵養分を温存) | 最大(種子形成に浪費) |
| 翌年の花芽 | 充実する(安定生産) | 形成されにくい(裏年になる) |
| 果実品質 | 大玉・高糖度になりやすい | 小玉になりがち |
| 経営への影響 | 毎年安定収入 | 年ごとの変動が激しい |
特に、「ふじ」のような隔年結果性の強い品種や、樹勢の落ちてきた老木においては、「荒摘花」の徹底が樹勢回復の生命線となります。花が咲ききってしまう前に、あるいは満開直後に大半を落とすという決断が、向こう数年の経営を左右すると言っても過言ではありません 。
参考)農業技術大系 果樹編 追録30号 利用の手引
参考リンク:隔年結果はデメリットしかありません。まず経営的にも経済的にも安定しません(ハダノウエン)
「荒摘花」はあくまで「荒」作業であり、最終的な品質を決めるのはその後の「仕上げ摘花(または仕上げ摘果)」です。この二段階の工程を明確に区別し、それぞれの目的を理解して作業することで、効率と品質の両立が可能になります。
ステップ1:荒摘花(早期・スピード重視)
この段階では「正確さ」よりも「スピード」と「量」が優先されます。一つ一つの花を吟味して悩んでいる時間はありません。
ステップ2:仕上げ摘花・摘果(精密・品質重視)
荒摘花で全体の量を減らした後、あるいは受粉して実が少し膨らみ始めた時期に行うのが「仕上げ」です。
このように、荒摘花で「養分の無駄遣い」を止め、仕上げ摘果で「品質の選抜」を行うという役割分担を意識してください。
現代の農業において、労働力不足は深刻な課題です。すべてを手作業で行う「荒摘花」は理想的ですが、広大な園地を持つ農家にとっては現実的ではありません。そこで導入すべきなのが、「薬剤摘花」による省力化です。
薬剤摘花(ケミカルシンニング)の活用
薬剤を使用することで、手作業にかかる時間を大幅に(3割~5割程度)削減することが可能です。これは「荒摘花」のプロセスを化学的に行う手法です 。
物理的な省力化ツール
省力化のポイントは、「薬剤で7~8割を落とし、残りの微調整を手作業で行う」というハイブリッド方式です。これにより、限られた人員でも適期内に作業を完了させることができます。適期を逃して手作業ですべてを行うよりも、多少の薬害リスクを管理しながら薬剤を使った方が、トータルの果実品質と樹勢維持にはプラスに働きます 。
参考)リンゴ高密植栽培の着果管理
参考リンク:おいしいりんご作りに欠かせない!「摘果」体験レポ(長野県のおいしい食べ方)
最後に、あまり語られることのない「荒摘花」の隠れたメリットについて解説します。それは、地上部の花や実だけでなく、地下にある「根」の成長にも深く関わっているという視点です。
シンク・ソースの関係と根の飢餓
植物生理学において、光合成産物(ソース)は、それを必要とする器官(シンク)へと運ばれます。開花・結実期において、最大のシンク(消費地)は「花」や「果実」です。樹木は種の保存を最優先するため、根や枝の成長を犠牲にしてでも、花や実に養分を送ろうとします。
もし「荒摘花」を行わず、過剰な花を咲かせ続けるとどうなるでしょうか?
地上部で養分が使い果たされ、地下の根に送られるはずの養分が枯渇します。これを「根の飢餓状態」と呼びます。春先は新しい根(細根)が伸びる重要な時期ですが、この時期に養分不足になると、根の量が減り、土壌からの水分やミネラルの吸収能力が低下します 。
参考)摘花の効果と開花への影響とは?花好き必見の解説!
根が強くなれば病害虫にも勝てる
「荒摘花」によって早期に養分の浪費を止め、余剰分のエネルギーを根の成長に回すことができれば、以下のようなメリットが生まれます。
つまり、「荒摘花」は単に実の数を減らす作業ではなく、「樹木の基礎体力(根)を作る作業」でもあるのです。目に見えない地下部への投資こそが、異常気象が続く近年の農業において、安定生産を勝ち取るための「独自視点」の鍵となります。
参考リンク:摘花により植物の根にも良い影響を与えます。不要な花やつぼみを除くことで、根に十分な栄養が届きます(Chibanian info)