学習障害の特徴と大人の仕事の悩みや診断と支援の相談

仕事でのミスや違和感に悩む大人の農業従事者へ。学習障害の特性や、読み書き・計算の苦手さを補う具体的な対策、診断の流れを解説します。自分に合った働き方を見つけましょう。

学習障害の特徴と大人

記事のポイント
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現場での困りごと

農作業での計算や記録のミスは、特性に合ったツールの活用で防げます。

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診断と相談

専門機関での診断は、自分の「得意・不得意」を知るための第一歩です。

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支援と対策

音声入力や画像保存など、スマホを活用した具体的な工夫を紹介します。

学習障害の特徴と大人の仕事で頻発するミスと対策の工夫

 

大人になってから「自分は学習障害(LD)ではないか」と疑いを持つきっかけの多くは、仕事上でのミスが頻発することです。特に、農業のような現場作業と事務作業が混在する職種では、そのギャップに苦しむことが少なくありません。学習障害は、全般的な知的発達に遅れはないものの、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」といった特定の能力の習得や使用に著しい困難を示す状態を指します。医学的には「限局性学習症(SLD)」とも呼ばれます。

 

仕事の現場でよく見られる具体的なミスと、それに対する工夫を見ていきましょう。

 

  • 読み書きの困難(ディスレクシア・ディスグラフィア)
    • 状況: マニュアルや作業指示書を読むのに時間がかかる、似たような漢字や数字(「7」と「1」、「日」と「曰」など)を見間違える、報告書の手書きが極端に苦手で読めない文字になる、といったケースです。
    • 心理的負担: 「何度も確認したはずなのに間違っている」という経験が重なり、確認作業自体に恐怖を感じるようになります。
    • 対策の工夫:
      • ICTツールの活用: 現在はスマートフォンやタブレットの機能が飛躍的に向上しています。文字を読むのが辛い場合は、スマホのカメラで書類を撮影し、音声読み上げ機能(iOSの「読み上げコンテンツ」など)を使用します。
      • 音声入力: 日報や報告書は、キーボードやペンを使わず、音声入力で下書きを作成します。最近の音声認識精度は非常に高く、専門用語も学習させることができます。
      • フォントの変更: デジタル機器のフォントを「UDフォント(ユニバーサルデザインフォント)」に変更するだけで、文字の誤認が減ることが実証されています。
    • 計算の困難(ディスカリキュア)
      • 状況: 肥料の希釈倍率の計算ができない、出荷数の集計でお釣りの計算が合わない、時間の見積もりが極端に苦手でスケジュール通りに動けない、といった状況です。
      • 農業特有のリスク: 特に農薬や肥料の希釈計算ミスは、作物への薬害や法的な問題に直結するため、非常に深刻な悩みとなります。
      • 対策の工夫:
        • 計算アプリの固定化: 汎用的な電卓ではなく、「農薬希釈計算アプリ」などの専用ツールを使用します。数値を入力するだけで結果が出るため、計算プロセスそのものを省略できます。
        • 換算早見表の携帯: 計算しなくて済むように、よく使う希釈倍率や個数単位を一覧表(早見表)にし、ラミネート加工して現場に携帯します。
        • 現物合わせ: 「100倍」などの抽象的な数字ではなく、「このバケツ一杯に対して、キャップ一杯」といった具体物での計測に置き換えることで、数字を扱わずに正確な作業が可能になります。

        参考リンク:厚生労働省 - 発達障害の理解(学習障害を含む定義や特性について解説されています)
        これらの工夫は、本人の努力不足を補うものではなく、「メガネをかけて視力を補正する」のと同じように、ツールを使って特性をカバーする正当な手段です。

         

        学習障害の特徴と大人に見られる苦手のチェックリストと判断基準

        「もしかして学習障害かも?」と感じたとき、自分の困りごとを客観的に整理することが重要です。大人の学習障害は、子供の頃は見過ごされていたものの、就職して高度な処理を求められるようになって初めて顕在化することが多くあります。

         

        以下のチェックリストは、医療的な診断基準ではありませんが、受診や相談をする際の目安として役立ちます。

         

        【読み(読字障害)の傾向チェック】

        • 黙読よりも音読が極端に苦手、または遅い。
        • 文章を読んでいると、どこを読んでいるか分からなくなり、行を飛ばしてしまう。
        • 「ぬ」と「め」、「わ」と「ね」など、形が似ている文字の区別がつきにくい。
        • 駅名や看板などの文字が、図形のように見えて意味が入ってこないことがある。
        • 長文のメールやマニュアルを読むと、激しい頭痛や疲労感に襲われる。

        【書き(書字表出障害)の傾向チェック】

        • 頭の中では文章がまとまっているのに、文字にして書き出すことができない。
        • 漢字が思い出せない、または鏡文字(左右反転)を書いてしまうことがある。
        • 黒板やホワイトボードの文字をノートに書き写すのが極端に遅い。
        • 文字の大きさがバラバラで、枠の中に収めて書くことが難しい。
        • 「わ」と「は」、「お」と「を」などの助詞の使い分けが頻繁に混乱する。

        【計算・推論(算数障害)の傾向チェック】

        • 簡単な一桁の足し算・引き算でも指を使わないと不安になる。
        • 繰り上がり、繰り下がりの計算が理解できず、暗算ができない。
        • アナログ時計を見て、即座に時刻を読み取ることが難しい。
        • 地図を読むのが極端に苦手で、図形やグラフの意味を理解するのに時間がかかる。
        • 「だいたいこれくらい」という量の概算(目分量)が全くできない。

        これらの項目に多く当てはまる場合でも、それが直ちに学習障害であるとは限りません。視力の問題や、ADHD(注意欠如・多動性障害)による不注意が原因で読み書きにミスが生じている可能性もあります。重要なのは、「努力しても改善しない」「特定の作業だけが極端にできない」という点です。

         

        特に大人の場合、長年の経験から「読めない文字を文脈で推測する」「計算を避ける仕事を選ぶ」といった独自の処世術(代償手段)を身につけていることが多く、表面上は問題が見えにくくなっていることがあります。しかし、その裏では人一倍のエネルギーを消耗しており、慢性的な疲労や自己肯定感の低下につながっているケースが少なくありません。

         

        学習障害の特徴と大人の診断を受けられる病院と相談の流れ

        自分が学習障害かもしれないと思った場合、専門機関で適切な診断やアドバイスを受けることは、その後の人生を楽にするための大きな転機となります。しかし、大人の発達障害を診察できる医療機関は限られており、予約から受診まで数ヶ月待ちということも珍しくありません。

         

        ここでは、病院選びから診断、相談までの一般的な流れを解説します。

         

        1. 相談窓口の利用
        いきなり病院に行くハードルが高い場合は、公的な相談窓口を利用することをお勧めします。

         

        • 発達障害者支援センター: 各都道府県に設置されており、社会福祉士や心理士などの専門家が相談に乗ってくれます。地域の医療機関情報の提供も行っています。
        • 障害者就業・生活支援センター: 仕事に関する悩みが中心であれば、就労支援の視点からアドバイスを受けられます。

        2. 病院選びのポイント
        大人の学習障害の診断は、精神科、心療内科、神経内科などが担当しますが、すべての医師が発達障害に詳しいわけではありません。

         

        • 専門外来の有無: ホームページ等で「大人の発達障害外来」「発達障害専門外来」を掲げている病院を探します。
        • 心理検査の実施: 診断には問診だけでなく、知能検査(WAIS-IVなど)が必要になります。臨床心理士が在籍し、検査体制が整っているかを確認しましょう。

        3. 診断までの流れ

        • 問診: 生育歴(子供の頃の様子)、学業成績、現在の困りごとなどを詳しく医師に伝えます。母子手帳や小中学生時代の通知表があると、診断の有力な材料になります。「大人になってから急にできなくなった」場合は、うつ病や脳の病気など別の原因が疑われるため、子供の頃からの継続性が重要な判断基準となります。
        • 知能検査(WAIS-IVなど): 「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」という4つの指標を測定します。学習障害のある方は、これらの数値の間に大きなばらつき(ディスクレパンシー)が見られることが特徴です。例えば、言葉の意味を理解する力はずば抜けて高いのに、目で見た情報を処理する速度だけが極端に低い、といった凸凹が明らかになります。
        • 診断とフィードバック: 検査結果と問診を総合して、医師が診断を下します。重要なのは病名をつけることよりも、「自分の得意な処理ルート(聴覚優位か視覚優位かなど)」を知ることです。

        参考リンク:厚生労働省 - 発達障害者支援センター一覧(お住まいの地域の相談窓口を探せます)
        病院で診断を受けるメリットは、単にレッテルを貼ることではありません。「自分はダメな人間だ」という漠然とした自責の念から解放され、「脳の機能的な特徴のせいだった」と納得できることです。また、診断書があれば、職場で「合理的配慮」を求める際の根拠としたり、障害者手帳の取得や障害年金の受給(症状の程度による)といった公的な支援につながる可能性もあります。

         

        学習障害の特徴と大人の農業現場での独自の課題と支援の活用

        農業の現場は、一般的に「体を使う仕事」「自然相手の仕事」というイメージが強いですが、実は高度な管理能力や、臨機応変な判断力が求められる場面の連続です。学習障害の特性を持つ方が農業に従事する場合、オフィスワークとは違った独自の課題に直面することがあります。一方で、農業という環境だからこそ活かせる強みもあります。

         

        農業現場特有の「つまずき」ポイント

        • 選別作業の困難: 規格(S・M・Lなど)を目視で瞬時に判断する作業は、図形や空間認識に苦手さがある場合、非常にストレスフルな業務になります。微妙な曲がり具合や色味の違いを「パッと見て判断する」ことが難しく、判断に時間がかかってしまいます。
        • 出荷伝票の記入: 手書き文化が根強い市場や直売所への出荷では、複写式の伝票に住所や品名を書く作業が発生します。書字障害がある場合、これが毎日の大きなプレッシャーとなります。
        • 複雑な段取り: 「天候を見て、Aの畑の収穫をしてから、Bの畑の消毒をする、その間に機械のメンテナンスをする」といったマルチタスクや、優先順位の入れ替えが頻繁に起こる農業は、見通しを立てるのが苦手なタイプには混乱を招きやすい環境です。

        「農福連携」という新しい視点と支援
        近年、農業分野では「農福連携」という取り組みが進んでいます。これは、障害を持つ方が農業分野で活躍できるよう、作業工程を分解して分かりやすくしたり、環境を整えたりする取り組みです。このノウハウは、障害者手帳を持っていない「グレーゾーン」の方や、診断を受けたばかりの農業従事者にとっても非常に参考になります。

         

        • 作業の「可視化」と「構造化」:
          • 選別定規の作成: 目視だけに頼らず、穴の空いた板や、規格の長さを示した定規を自作し、「これに通ればMサイズ」という風に物理的な判断基準を設けます。
          • 写真付き手順書: 文字のマニュアルではなく、作業の工程を写真に撮って並べた手順書を作成します。視覚的な情報処理が得意なタイプ(カメラアイを持つ人など)には、文字よりも圧倒的に理解しやすくなります。
        • 強みを活かす:
          • 学習障害のある方の中には、特定の感覚が非常に鋭い方がいます。例えば、読み書きは苦手でも「土の湿り具合を手で触って判断する」「作物の微妙な葉色の変化に気づく」といった感覚的・職人的な領域で、非凡な才能を発揮することがあります。
          • 「マニュアル通りにできない」ことが、逆に「既存の方法にとらわれない新しい栽培方法の発見」につながることもあります。

          参考リンク:農林水産省 - 農福連携の推進(農業における障害者就労の事例やノウハウが掲載されています)
          農業は、工夫次第で自分だけの「作業スタイル」を構築しやすい職業でもあります。会社組織のように画一的なやり方を強制されることが比較的少ないため(自営の場合)、自分が使いやすい道具を導入したり、苦手な事務作業だけを家族や外部に委託したりする「環境調整」がしやすい側面もあります。自分の苦手を「道具」や「仕組み」で解決することは、農業における立派な「技術革新(カイゼン)」です。

           

          学習障害の特徴と大人の日常生活の悩みと周囲のサポート

          仕事が終わった後の日常生活においても、学習障害の特性による悩みは尽きません。むしろ、仕事のようにマニュアルがない分、プライベートな生活管理の方が難しいと感じる方もいます。

           

          日常生活での「困りごと」

          • 役所や契約の手続き: 住民票の申請、保険の契約、ローンの書類など、複雑な書式の書類を書くことは、書字障害や読字障害のある大人にとって非常に高いハードルです。窓口で記入を求められ、パニックになることもあります。
          • 金銭管理: お金の計算が苦手なため、レジでの支払いに時間がかかったり、家計簿がつけられずに支出の管理ができなかったりします。キャッシュレス決済は計算の手間を省ける有効な手段ですが、逆に「数字の実感」が湧きにくく使いすぎてしまうリスクもあります。
          • スケジュールの失念: 日付や曜日の感覚が曖昧になりやすく、ゴミ出しの日を間違えたり、家族との約束を忘れてしまったりすることで、家庭内のトラブルに発展することがあります。

          周囲の理解とサポート
          家族やパートナーの理解は、当事者の精神的な安定にとって不可欠です。しかし、「やる気がない」「だらしない」と誤解されやすいため、正しい知識に基づいたコミュニケーションが必要です。

           

          • 「努力」ではなく「方法」を変える:

            家族が「もっと気をつけて」と注意しても、脳の機能的な問題であるため改善は困難です。「どうすれば間違えないか」を一緒に考え、仕組みを作ることが大切です。例えば、共有のカレンダーアプリを使い、予定が入ったら即座に家族が入力・通知設定をする、といった連携です。

             

          • 代行できることは代行する:

            苦手なことを克服させるより、得意な人が代わる方が合理的です。「書類書きはパートナーが担当し、その分、力仕事や車の運転は当事者が担当する」といった役割分担(シェアリング)を行うことで、お互いのストレスを減らすことができます。

             

          二次障害を防ぐために
          最も避けなければならないのは、度重なる失敗によって「自分は何をやってもダメだ」と自尊心を失い、うつ病や不安障害などの「二次障害」を発症することです。学習障害の特性そのものは治癒するものではありませんが、適切な環境とツール、そして周囲の「肯定的な理解」があれば、社会生活上の困難は大幅に軽減できます。

           

          自分一人で抱え込まず、利用できる文明の利器(アプリやツール)はすべて利用し、頼れる専門機関や家族には頼る。それは甘えではなく、自分の人生をコントロールするための賢い戦略です。農業という自然と向き合う仕事の中で、自分自身の特性とも上手に向き合い、独自の収穫を得ていくことは十分に可能です。

           

           


          LDの子の読み書き支援がわかる本 (健康ライブラリー イラスト版)