農業のIT化、いわゆる「スマート農業」や「農業IoT」において、最も基本的かつ重要なデータの一つが土壌水分量です。作物の生育に最適な水やり(灌水)のタイミングを知るためには、勘や経験だけでなく、客観的な数値データが不可欠です。しかし、メーカー製のプロ用土壌水分センサーは1本数万円から数十万円することも珍しくありません。広大な畑の複数箇所を測定したい場合、コストが導入の最大の障壁となります。
参考)https://www.mdpi.com/1424-8220/20/2/363/pdf
そこで注目されているのが、「土壌水分センサーの自作」です。Amazonや秋葉原の電子パーツショップで数百円で売られているセンサーモジュールと、Arduino(アルドゥイーノ)やESP32といった安価なマイコンを組み合わせることで、1セットあたり数千円以下という格安コストで独自の測定システムを構築できます。
参考)自動水やり機の作り方 土壌センサ編|キム日記
もちろん、安価な自作センサーには「精度のバラつき」や「耐久性」といった課題もあります。しかし、適切なセンサー方式を選び、正しい防水加工と校正(キャリブレーション)を行えば、農業現場でも十分に実用的なデータを取ることが可能です。この記事では、初心者でも失敗しない自作センサーの選び方から、プロも唸る高精度な測定方法までを深掘りしていきます。
自作で使われる土壌水分センサーには、大きく分けて「抵抗式」と「静電容量式(キャパシタンス式)」の2種類があります。結論から言うと、農業IoTとして長期的に運用するなら迷わず「静電容量式」を選ぶべきです。それぞれの特徴と理由を詳しく見ていきましょう。
仕組みは非常に単純で、2本の電極を土に挿し、その間の電気抵抗値を測ります。水は電気を通しやすいため、水分が多いほど抵抗値が下がり、乾燥していると抵抗値が上がります。
参考)【ラズパイ】格安な抵抗式・静電容量式の土壌湿度センサーを実際…
電極間の静電容量(キャパシタンス)の変化を利用して水分量を測る方式です。土(比誘電率 約3〜5)と水(比誘電率 約80)の比誘電率の圧倒的な差を利用します。水分が増えると誘電率が上がり、静電容量が変化します。
参考リンク:土壌水分センサーの仕組みと研究グレードの違い(METER Group) - 各方式の科学的な精度の違いについて詳しく解説されています
農業現場では「設置したら数ヶ月は放置したい」というのが本音でしょう。そのため、耐久性の面で静電容量式一択と言えます。代表的なモジュールとして「Capacitive Soil Moisture Sensor v1.2」などが広く流通しており、黒い基板の見た目が特徴です。
参考)電子工作で自作した植物の自動水やり機から土壌データをAWS …
センサーを選んだら、次はマイコンとの接続です。ここでは、電子工作の定番Arduinoと、Wi-Fi機能内蔵でIoTに最適なESP32を使った基本的な構成を紹介します。
静電容量式センサーは通常、アナログ電圧を出力します。マイコンのアナログ入力ピン(ADC)に接続して値を読み取ります。
| センサー側のピン | 接続先 (Arduino/ESP32) | 備考 |
|---|---|---|
| VCC | 3.3V または 5V | ESP32の場合は3.3V推奨。5Vで駆動すると出力電圧がESP32の入力許容範囲(3.3V)を超える可能性があるため注意。 |
| GND | GND | グランドを共通にします。 |
| AOUT | アナログ入力ピン | ArduinoならA0、ESP32ならGPIO32, 34など(ADC1を使用推奨)。 |
プログラムは非常にシンプルです。
analogRead()関数を使ってセンサーからの値を読み取るだけです。
map()関数が便利ですが、より正確にするならキャリブレーション式を自分で作る必要があります(後述)。
const int AirValue = 620; // 空気中での計測値(乾燥)
const int WaterValue = 310; // 水中での計測値(湿潤)
int sensorPin = A0;
void loop() {
int val = analogRead(sensorPin);
// 値を%に変換(乾燥状態で値が大きい場合)
int percent = map(val, AirValue, WaterValue, 0, 100);
// 0〜100の範囲に収める
percent = constrain(percent, 0, 100);
Serial.print("水分量: ");
Serial.print(percent);
Serial.println("%");
delay(1000);
}
ESP32を使えば、読み取った値をWi-Fi経由でGoogleスプレッドシートに送信したり、LINEに「水やりが必要!」と通知したりするシステムも簡単に作れます。これが自作IoTの醍醐味です。
参考)ESP32で作るセンサーノード by airpocket
「センサーを土に挿して、表示された数字をそのまま信じる」のは、実は大きな間違いです。自作センサー、特に静電容量式はあくまで「電圧の変化」を見ているだけで、本当の「土壌体積含水率(VWC: Volumetric Water Content)」を示しているわけではありません。農業で使えるレベルのデータにするには、キャリブレーション(校正)が不可欠です。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/06c699e24c1fe151958c54d9e68f775ad03490bf
専門的な機器がなくても、キッチンスケールとオーブン(または電子レンジ)があれば、そこそこの精度で校正式を作ることができます。
参考)http://soillab.ag.saga-u.ac.jp/com/calib1.pdf
参考リンク:低コスト土壌水分センサーの校正と評価(METER Group) - 校正手順のグラフやデータ補正の具体的な考え方が学べます
このひと手間をかけるだけで、数百円のセンサーが「なんとなく乾いているかわかるおもちゃ」から「栽培管理に使える計測機器」へと進化します。特に、粘土質の土壌や有機物が多い土壌では、メーカー推奨のデフォルト値と大きくズレることがあるため、この作業は必須です。
自作センサーを室内プランターで使う分には問題ありませんが、農業の現場である「野外」に出した途端、過酷な環境が牙を剥きます。多くの自作IoTチャレンジャーが、「雨」と「結露」によるショートでデバイスを全滅させています。
市販の静電容量式センサーは、土に挿す「プローブ部分」はコーティングされていますが、上部の「回路部品(チップやコネクタ)」はむき出しです。ここに雨水がかかったり、土からの湿気で結露したりすると、一瞬でショートして誤作動したり壊れたりします。
野外運用のための防水加工として、以下の方法が有効です。
センサー上部の回路実装部分(黒い四角いチップやコンデンサがある場所)を、100円ショップでも買えるUVレジンやエポキシ接着剤で完全に覆って固めます。透明なレジンならLEDの光も見えます。
コネクタ部分は最も腐食しやすい箇所です。直接ハンダ付けしてしまい、その上からバスコーク(シリコンコーキング剤)やホットボンド(グルーガン)で分厚く覆います。さらに熱収縮チューブで補強すれば完璧です。
参考)https://agrinfo.en.a.u-tokyo.ac.jp/meetings/240911/5.pdf
マイコン本体(Arduino/ESP32)は、タッパーや防水電気ボックスに入れます。ケーブルを通す穴は必ず下向きにし、隙間をパテやコーキング剤で埋めます。「水は上から入るだけでなく、ケーブルを伝って入ってくる」ことを忘れないでください。
防水以外で多い失敗が、「センサーと土の間に隙間ができる」ことです。センサーが風で揺れたり、植物の根が動いたりして土との間に隙間(Air Gap)ができると、センサーは「空気」を検知してしまい、「乾燥している」と誤判定します。
ここまでは数百円の静電容量式センサーの話でしたが、最後に「もっと本気で測りたい」というマニアックな農家向けのトピックを紹介します。それが、TDR(Time Domain Reflectometry:時間領域反射率測定法)方式の自作です。
プロの研究機関や高度な農業制御で使われる「本物」の測定方式です。電気信号(パルス)を金属ロッドに流し、それが先端で反射して返ってくるまでの「時間」を測ります。土壌中の水分が多いほど誘電率が高くなり、パルスの伝播速度が遅くなる性質を利用します。
参考)https://nnhiroba.xsrv.jp/nnTechBlog/Article/Article?ID=60
しかし近年、高速なパルス生成・計測ICやマイコンの進化により、材料費約2万円程度でTDRセンサーシステムを自作する強者が現れています。
参考)https://nnhiroba.xsrv.jp/nnTechBlog/Article/Article?ID=63
SoilMoistureSensorTDRなど)。
「静電容量式ではどうしても肥料の影響で誤差が出る」「論文レベルのデータを取りたいが予算がない」という場合、この「自作TDR」は電子工作上級者にとって非常に魅力的な選択肢となります。数百円のセンサーから始めて、物足りなくなったらTDRへステップアップするのも、自作農業IoTの深い沼(楽しみ)の一つと言えるでしょう。
参考リンク:材料費2万円で作るTDR土壌水分センサーとデータロガー(nnTechBlog) - TDR方式を低コストで自作するための詳細な回路設計や理論が公開されています
自作の土壌水分センサーは、単なるコスト削減だけでなく、「自分の畑の土を知る」ための最高の学習ツールになります。まずは数百円の静電容量式センサーとマイコン1つから、小さな「デジタル農業」を始めてみてはいかがでしょうか?

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