ユートピアアグリカルチャー きのとやが挑む環境再生型放牧酪農

ユートピアアグリカルチャーは洋菓子店きのとやのグループ会社として、放牧酪農を通じて環境再生と美味しいお菓子作りを両立させています。チーズワンダーや森林再生プロジェクトなど、日本の酪農が抱える課題解決に取り組む彼らの革新的な挑戦とは一体何でしょうか?

ユートピアアグリカルチャーときのとやの挑戦

この記事で分かること
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環境再生型放牧酪農

きのとや創業の三原則から生まれた、土壌を回復させながら美味しい牛乳を作る新しい酪農スタイル

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チーズワンダーの秘密

放牧牛乳と平飼い卵を使用した「幻のチーズケーキ」が生まれた背景と循環型の仕組み

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森林再生プロジェクト

日本の山林を活用した山地酪農による、地域課題解決への取り組み

ユートピアアグリカルチャーときのとやの関係性

ユートピアアグリカルチャーは、北海道札幌の洋菓子店「きのとや」をルーツに持つグループ会社です。きのとやには創業以来、美味しいお菓子作りの三原則があります。「どこよりもフレッシュなお菓子」「どこよりも手間をかける」「どこよりも良い原材料をつかう」という3つの原則を突き詰めた結果、自社で原材料の開発を手がけることになりました。


参考)https://www.utopiaagriculture.com/about/

代表の長沼真太郎氏は、きのとや創業者の昭夫氏を父に持ち、お菓子のスタートアップBAKEで「焼きたてチーズタルト」を大ヒットさせた実績を持ちます。スタンフォード大学客員研究員を経て、2020年にユートピアアグリカルチャーに参画し、美味しい原材料作りと環境再生型農業を融合させる挑戦を始めました。


参考)持続可能な酪農から生まれた絶品チーズケーキ

きのとやグループは2022年に「北海道コンフェクトグループ」として経営体制を再編し、酪農事業、畜産事業、菓子事業、素材事業の4つの柱で展開しています。この体制により、原材料の生産からお菓子の製造販売まで一気通貫で取り組む仕組みが完成しました。


参考)幻のチーズケーキの秘密!ユートピアアグリカルチャーが取り組む…

ユートピアアグリカルチャーの環境再生型放牧酪農の仕組み

ユートピアアグリカルチャーが実践する「リジェネレイティブ・アグリカルチャー(環境再生型農業)」は、農地の土壌を健康に保つだけでなく、土壌を修復・改善しながら自然環境の回復を目指す農業です。現在、北海道日高町の牧場で約80頭の乳牛を放牧で飼育し、別の場所では平飼いで養鶏も行っています。

循環型の仕組みが最大の特徴です。お菓子工場で出るスポンジ屑やクッキー屑、イチゴのヘタなどを鶏の餌として活用することで、卵にコクが増します。鶏のフンは牧場へ運び、土壌にまくことで良い栄養となり土壌の再生に繋がります。さらに、牛が草を踏むことでフンを土壌に混ぜ、草の成長を促進し、温室効果ガスを吸収して土壌に炭素を隔離する仕組みが生まれました。

北海道大学と連携して、放牧酪農により土壌のCO2の吸収と隔離量を増やし、酪農に係る費用も抑えながら美味しい牛乳を作るモデルの実証実験を進めています。土壌の炭素量が多いほど良い土壌とされ、放牧により悪い土壌を改良していく効果が期待されています。


参考)リジェネラティブ農業で北海道の菓子を世界へ|【連載】SDGs…

ユートピアアグリカルチャー公式サイト - 環境再生型農業の詳細な取り組みとビジョンが紹介されています

ユートピアアグリカルチャーのチーズワンダーが人気の理由

「CHEESE WONDER(チーズワンダー)」は、放牧牛乳と平飼い卵を使用した"幻のチーズケーキ"として、2021年2月の販売開始以来、即完売を続ける人気商品です。美味しさの決め手は、ザクザクのクッキー生地にしっとりとした生チーズスフレ、ふわふわの生チーズムースが重なった、驚きの食感の組み合わせです。


参考)https://www.utopiaagriculture.com/products/cheesewonder/

長沼氏が最も美味しいと考える、搾りたてのチーズムースを味わってほしいという思いから考案されました。デリケートなお菓子のため、出来立てを瞬間冷凍することで焼成せずに生のまま仕上げる、オンライン販売だからこそ可能な革新的なチーズケーキです。

毎週金曜と土曜の20時に販売され、毎回約1,700個(2022年4月時点)が売り上げられています。放牧酪農によって育てられた牛の牛乳は香りが良く、栄養価が高いという特徴があり、これが最高品質のチーズケーキを生み出す基盤となっています。新千歳空港店での限定販売を皮切りに、現在ではシーズンプロダクトとして「チーズワンダーブルー」「チーズワンダーレッド」「チーズワンダーブラック」など複数のバリエーションも展開しています。


参考)https://www.utopiaagriculture.com/products/cheesewonderblue/

チーズワンダー公式ページ - 商品の詳細情報と購入方法が確認できます

ユートピアアグリカルチャーの森林再生プロジェクト

2022年2月、ユートピアアグリカルチャーは「FOREST REGENERATIVE PROJECT(フォレスト・リジェネラティブ・プロジェクト)」を始動しました。このプロジェクトは、森林を再生させながら放牧や養鶏を行い、都市部に近い森林地帯でも「地球、動物、人に優しい牧場運営」が可能かを検証する実証実験です。

札幌市内の盤渓山で山地酪農への挑戦が行われています。日本の国土の約70%は山間地ですが、管理する集落や継ぎ手がいないことで管理できていない森林が増えており、有効活用が求められています。牛は山地でも育つことができるため、山地での放牧酪農のモデルを作ることができれば、活用が求められる森林地を酪農地として拡大できる可能性があります。


参考)ソニーと北大、放牧酪農できのとや系とタッグ - 日本経済新聞

放置された山林を牧草地として再生することで、野生動物の住宅地への侵入を防いだり、近年豪雨などの影響で増加する土砂崩れを防ぐ効果も期待されています。ソニーグループと北海道大学も連携し、牛をGPSで管理するテクノロジーを開発するアグリテックへの投資も行っています。


参考)悪いのは牛ではなく育て方。環境再生型・放牧酪農『ユートピアア…

実験開始から牛が山地に入れるようになるまで2年を要するなど、長い時間軸での取り組みが必要ですが、「死んだ森」を蘇らせていくノウハウを蓄積し、森林の再生に貢献する道筋が見え始めています。


参考)https://www.utopiaagriculture.com/journal/894

きのとやの原材料三原則と持続可能な酪農経営

きのとやの原材料三原則は、ユートピアアグリカルチャーの事業の根幹を成しています。「どこよりも良い原材料をつかう」という原則を追求する中で、自社での原材料開発という発想が生まれました。しかし、酪農の現状をリサーチする過程で、3K(汚い、きつい、危険)による労働人口の減少、牛や酪農運営で発生するCO2問題、外部飼料を購入し続けるコスト高の財務的経営課題、牧舎に入れっぱなしによる牛の健康問題、土地確保や資金面での拡大しにくいビジネス構造といった深刻な課題と向き合うことになりました。

これらの課題解決の糸口として出会ったのが放牧という手法です。国内外の放牧経営を見ていくと、計画的に飼育することで効率化し収益を上げることができるモデルが多く存在します。海外のアグリテック企業の技術を活用し、なるべく人の手を使わずに育成できる方法も現れました。

放牧酪農には多くのメリットがあります。広大な牧草地で主に青草を食べてのびのびと育つ牛の牛乳は香りが良く、栄養価が高いだけでなく、餌やりや掃除をする必要がないため酪農家の負担も軽減されます。適切に管理された土壌は二酸化炭素を吸収することが分かってきており、「放牧によって牛が出すメタンガスの排出量を相殺できる」という仮説のもと実証実験が進められています。

さらに、日本で前例が少ない「シェアミルカー制度」も導入しています。これは農場のオーナーに代わって土地を持たない牧場の運営者が搾乳などの作業を行い、収入や経費を一定の割合で分配する仕組みで、資金がない酪農家が就農でき、経営も学べるニュージーランドで盛んに行われている制度です。

日本財団ジャーナル - ユートピアアグリカルチャーの持続可能な酪農モデルの詳細なインタビュー記事

ユートピアアグリカルチャーから学ぶ日本の酪農の未来像

ユートピアアグリカルチャーの取り組みは、日本の酪農の未来を示す重要なモデルケースとなっています。日本で放牧酪農を行っている酪農家は全体のわずか1パーセントに過ぎず、その最大の理由は「放牧酪農を教えられる人がいない」ことです。しかし、人口減少により牛乳の消費量も激減している現状では、メガファームのような大量生産型ではなく、質を重視した放牧酪農への転換が求められています。

海外、特にアメリカでは畜産や酪農に対する環境面や動物愛護の観点からの逆風が強まっています。長沼氏がスタンフォード大学滞在中に「なぜ酪農のような前時代的なことをやろうとしているのか」と言われた経験から、お菓子は嗜好品であり、日常的に食べるお肉や牛乳が植物性の代替品に変わっても、本物を使ったお菓子はこれからも残るという確信を得ました。

持続可能な農業の研究や普及を行う「創地農業21」が開催する勉強会でも、放牧酪農にまつわる情報発信を積極的に行っています。時代が変化するにつれ、本物の食材を求める消費者は今後ますます増え、放牧に特化した乳業ブランドの需要も高くなると予測されています。

長沼氏は「本当に美味しいものを作れば、必ず買ってくださる方がいる。売り上げが増えれば規模を拡大でき、規模が大きくなれば、さらに大きな問題に取り組むことができる」と語り、時間をかけて広い視野で日本の酪農の発展と美味しいお菓子づくりに努める姿勢を示しています。ユートピアアグリカルチャーが展開する循環型の放牧酪農という持続可能なビジネスモデルが広がれば、従事する人も増え、日本の酪農が躍進する可能性を秘めています。

項目 従来の酪農 ユートピアアグリカルチャーの放牧酪農
飼育方法 牧舎での舎飼い 広大な牧草地での放牧
飼料 外部購入飼料 牧草中心、お菓子屑の循環活用
環境負荷 CO2・メタンガス排出 土壌による炭素吸収・隔離
労働負担 3K(汚い、きつい、危険) 餌やり・掃除不要で軽減
経営コスト 飼料購入によるコスト高 自給飼料でコスト削減
牛乳の特徴 標準的品質 香り良く栄養価が高い