畝間潅水(うねまかんすい)は、古くから行われている地上灌漑(かんがい)の一つで、非常に理にかなった水やり方法です。基本的な手順を正しく理解することで、無駄な水を使わず、作物の根に効率よく水分を届けることができます。ここでは、準備から実施、終了までの具体的なフローを解説します。
まず最も重要なのが、圃場(ほじょう)の均平(きんぺい)作業と適切な勾配付けです。水は高いところから低いところへ流れるため、畝の長さ方向に沿って非常に緩やかな傾斜をつける必要があります。一般的には1/1000〜1/500程度の勾配が理想とされています 。傾斜がきつすぎると水が土を削って流れてしまう「土壌浸食」が起き、逆に平坦すぎると水が末端まで届かず、入り口付近だけが過湿状態になります。
用水路から直接引き込むのか、地下水をポンプで汲み上げるのかを確認します。取水口から各畝の入り口(入水口)まで水を導くための「回し水路」や送水ホース(灌水チューブ)を設置します。塩ビパイプを用いて各畝に均等に配水するゲートパイプ方式なども有効です。
実際に水を流します。初期段階では水が畝の溝を走り、末端まで到達することを確認します。水が末端まで届いたら、流量を絞り、時間をかけて土壌に浸透させます。これを「吸水」プロセスと呼びます。水が畝の肩まで浸透してしまうと過湿になり根腐れの原因となるため、畝の高さの半分から7割程度まで水が染み込むのを目安にします。
十分な潅水が行われたら、速やかに給水を止めます。重要なのは、余分な水を圃場に残さないことです。特に粘土質の土壌では排水性が悪いため、尻水(しりみず)を排出するための排水路もしっかり整備しておく必要があります。潅水後は土壌表面が乾くまで待ち、中耕(ちゅうこう)を行って通気性を確保することも、根の呼吸を助けるために重要です。
畝間潅水における勾配や均平作業の重要性について、農林水産省の資料が非常に詳しく解説しています。
畝間潅水を成功させるためには、適切なポンプの選定が欠かせません。単に水を汲み上げるだけでなく、必要な水量を必要な圧力で、かつ経済的に供給できるポンプを選ぶ必要があります。選定を誤ると、潅水時間が長くなりすぎたり、逆に水圧が強すぎて土手を崩してしまったりするトラブルが発生します。
1. 揚程(ようてい)と水量のバランス
ポンプ選びで最も重要なスペックは「全揚程(水を持ち上げる高さ)」と「吐出量(1分間に出る水の量)」です。
畝間潅水はスプリンクラー潅水とは異なり、高い圧力を必要としません。その代わり、一度に大量の水を流す「水量」が求められます。したがって、高圧ポンプよりも、低圧で大流量のポンプを選ぶのが基本です 。
| 項目 | 畝間潅水向けポンプの特徴 | 注意点 |
|---|---|---|
| 種類 | エンジンポンプ、水中ポンプ | 電源がない場所ではエンジン式一択 |
| 口径 | 50mm〜80mm以上 | 口径が大きいほど大流量を確保しやすい |
| 圧力 | 低圧〜中圧 | 高圧すぎるとホースの破損や土壌流亡を招く |
| 揚程 | 低揚程で十分 | 水源と畑の高低差だけ考慮すれば良い |
2. 動力源の選択
圃場の環境によって、エンジン式かモーター(電動)式かを選びます。
3. ゴミ詰まり対策
農業用水路の水を使用する場合、ゴミや藻、泥を含んでいることが多々あります。通常の清水用ポンプでは、インペラ(羽根車)にゴミが詰まりやすく、故障の原因になります。「セミトラッシュポンプ」や「カスケードポンプ」など、ある程度の異物通過能力があるポンプを選ぶか、吸水側にしっかりとしたストレーナー(網)を取り付けることが現場でのトラブル回避につながります。
農業用ポンプの選定やトラブルシューティングについては、専門メーカーの工進が詳しいガイドを出しています。
水路(みずみち)の設計は、畝間潅水の効率を決定づける「血管」のような役割を果たします。不適切な水路設計は、水管理の労力を増大させるだけでなく、圃場内の水分ムラを引き起こし、作物の生育不揃い(ふぞろい)の原因となります。
水源から圃場の入り口まで水を運ぶ「幹線水路」と、そこから各畝へ水を分配する「支線水路(または給水路)」を明確に区別します。近年では、コンクリート水路だけでなく、移動が容易な「レイフラットホース」や「ポリパイプ」を支線水路として利用するケースが増えています。これらは使用しない時期に撤去できるため、トラクターなどの機械作業の邪魔になりません。
畝間潅水の省力化技術として注目されているのが「ゲートパイプ」です。これは、塩ビパイプや専用のポリエチレンホースに、畝の間隔に合わせて調整可能な取水口(ゲート)が付いているものです。
多くの農家が見落としがちなのが、畝の末端の排水処理です。畝間潅水では、必ず末端に水が到達したことを確認する必要がありますが、その余剰水が溜まり続けると根腐れを起こします。末端には「尻水路(しりみずろ)」を設け、余分な水を速やかに圃場外へ排出できる仕組みを作ってください。この尻水路を循環ポンプで再利用するシステムを組めば、水資源の有効活用にもつながります。
地上を流れる畝間潅水に加え、地下に「暗渠排水」が整備されていると、潅水効果は飛躍的に高まります。地表から浸透した水が、余剰分だけ暗渠を通じて抜けるため、土壌中の空気が入れ替わり、根に酸素が供給されます(酸素潅水効果)。
農業用水路やパイプラインシステムの設計指針については、農研機構の研究成果が参考になります。
農研機構:パイプライン用バルブ・分水栓等の特性と選定・利用マニュアル
「いつ、どれくらいの頻度でやるべきか」は、農家にとって永遠の課題ですが、畝間潅水には特有の最適なタイミングがあります。植物生理と土壌物理性の両面からアプローチする必要があります。
1. 時間帯:基本は早朝か夕方
真夏の炎天下、日中の潅水は避けるべきだという定説がありますが、これには理由があります。
2. 頻度:土壌水分計と植物のサイン
「3日に1回」といったカレンダー的な決め方は危険です。天候や作物の成長ステージによって必要水量は変わるからです。
3. 1回あたりの潅水量
畝間潅水は「大量少頻度」が基本です。ちょこちょこと表面だけ濡らすような潅水では、根が浅い部分に集まってしまい、乾燥に弱い株になります。一度にたっぷりと流し、根が深く張っている層(作土層の下)まで水を到達させることで、根は水を求めて深く伸びていきます。これを「深根化(しんこんか)」といい、干ばつに強い作物を作る秘訣です。
土壌水分管理やpF値の詳しい見方については、各都道府県の普及指導センターの情報が役立ちます。
ここはあまり語られない、しかし現場で差がつく「独自視点」のポイントです。畝間潅水は「水媒伝染(すいばいでんせん)」といって、病原菌を水に乗せて畑全体に広げてしまうリスクがあります。これを防ぎ、逆に利用するテクニックを紹介します。
病気が発生しているエリアがある場合、その畝から排出された水が他の健全なエリアに流れ込まないように、水路を遮断する必要があります。また、毎回同じ方向から水を流すのではなく、可能であれば給水方向を変えたり、ブロックごとに潅水日をずらすことで、病原菌の特定箇所への集積を防ぎます。
畝間潅水の水に、有用微生物資材(トリコデルマ菌や枯草菌など)や、土壌改良材(液体腐植酸など)を混入させて流し込みます。
通常、土壌表面に散布するだけでは届かない地中深くまで、水と一緒に有用菌を送り込むことができます。これにより、根圏微生物相(こんけんびせいぶつそう)を改善し、フザリウムやピシウムなどの病原菌が繁殖しにくい環境を土の中に作り出します。「水を運ぶ」だけでなく「土を守る成分を運ぶ」手段として畝間潅水を利用するのです。
畝間潅水を行う際、畝を通常より高くし、マルチングを行うことで、病害リスクを激減させることができます。
土壌病害と水管理の関係については、タキイ種苗の技術情報が非常に実践的です。