トマチンの「致死量」を語るとき、よく引用されるのがLD50(半数致死量)です。日本植物生理学会のQ&Aでは、マウスに腹腔内投与した条件でLD50が32 mg/kgとされ、これを単純に体重50 kgのヒトに置き換えると半致死量は1600 mg(1.6 g)になる、ただし“マウスとヒトで効果が同じかは不明”と注意書きがあります。
ここが重要で、LD50の数値は「食事として口から食べる」条件と一致しません。腹腔内投与は吸収経路が違い、胃腸での分解・吸収の違いや、食品マトリクス(繊維・酸・糖など)による影響も無視できないため、LD50=そのまま食べたときの致死量、と短絡するのは危険です。
農業従事者向けに実務へ落とすなら、「致死に至るか」より先に「不快症状(吐き気・嘔吐・腹痛・下痢など)を起こしうる量が、どの部位にどの程度含まれ、どういう食べ方で起きやすいか」を優先して設計するのが安全側です。
トマチンは部位・熟度で含有量が大きく変わります。日本植物生理学会のまとめでは、含有量の例として花1100 mg/kg、葉975 mg/kg、茎896 mg/kg、未熟果実465 mg/kg、熟した青い果実48 mg/kg、完熟果実0.4 mg/kgが示されています。
同じ情報源では、先ほどの「ヒト換算の半致死量1.6 g」を仮に用いると、完熟果実では約4000 kg(4トン)、熟した青い果実で約33 kg、未熟果実で約3.4 kgに相当するとされています。
この数字が示す現場のポイントは、「完熟果実の通常食で致死量を心配する状況は現実的ではない一方、未熟果実や青い果実、さらに葉・茎・花など“果実以外”は相対的に濃い」という濃度勾配です。
農作業で実際に接触・混入しやすいのは、果実そのものより「葉・茎・ヘタ(がく)」です。日本植物生理学会の数値例だと、葉や茎は未熟果実よりも高めの含有量レンジにあり、食材として大量に摂る前提ではない部位に“濃い側”が偏っていることが読み取れます。
一方で、一般向け記事では「ヘタの半致死量(ヒト換算)が1.6 kg」という形で紹介されることがありますが、これは“半致死量1.6 g”の情報が、部位・含有量・換算の前提と混線して伝わった可能性があるため、数値だけを独り歩きさせない運用が必要です。
実務上は、加工現場や給食・直売のクレーム対応で問題になりやすいのは「致死」ではなく「えぐみ・苦味」「胃腸症状」「誤食(葉・茎・青い実の混入)」です。収穫・選果・袋詰めの工程で“果実以外の混入をゼロに近づける”ことが、最も費用対効果が高い対策になります。
トマチンは熟すにつれて急減するため、まず「完熟寄りで出荷・加工する」という熟度設計が、毒性面でも風味面でも合理的です。実際、日本植物生理学会のデータ例でも完熟果実は0.4 mg/kgと非常に低い値になっています。
また、加熱・加工については“何を狙って低減するか”を明確にするのがコツで、未熟果実を食品化する場合は、苦味・青臭さ(食味クレーム)と、青い部位の混入(濃度クレーム)を分けて管理すると事故が減ります。未熟果実は「有毒と言われる苦味成分(トマチン等)を多く含むため廃棄されがち」という指摘もあり、商品化するなら前処理設計が品質そのものになります。
研究・技術側の示唆として、トマチンを別化合物へ変換する加熱条件(例:50〜80℃で加熱しトマチンをトマチジンへ変換、という趣旨)が特許文献に見られ、加工工程で“成分の姿を変える”発想が存在します。
論文・化学データを引用する際は、投与経路や対象(動物種、抽出物、純品)を確認し、食品としての摂取と同じ土俵に置かない運用が重要です(例:化学データベースには投与量に関する記載がある一方、食品摂取とは条件が異なります)。
検索上位の多くは「トマチン=毒」「青いトマト注意」という説明で終わりがちですが、農業従事者の現場では“毒かどうか”以上に「混入の再現性」が問題になります。葉・茎・がく片がパック内に残る確率が高いと、同じ圃場・同じ品種でもクレームが断続的に発生し、説明責任コストが積み上がります。
そこでおすすめは、①収穫時にがく・葉片を落とす動作を標準化、②選果台で「青い果実」と「青い部位混入」を別KPIで管理、③加工用に回す未熟果実はロット分離、という三点セットです。トマチンは部位と熟度で濃度が桁違いに変わるため、ロット分離と混入防止は“最小のコストで最大の安全側”になります。
さらに、未熟果実を加工用途に回す場合は「味(苦味)=成分(トマチン等)=クレーム」の連鎖を断つ必要があり、糖度・酸度と合わせて官能の合否基準を先に定義しておくと、結果として安全面の説明もしやすくなります。未熟果実が廃棄されやすい背景に、青臭さ・美味しくないという評価があること自体が、品質設計の出発点になります。
有用:部位別の含有量とLD50、完熟・未熟での量の違いの根拠(数値がまとまっている)
日本植物生理学会「みんなのひろば:トマチン」