農業のマニュアルは「文章を整える資料」ではなく、作業の再現性を上げて品質と安全を守るための運用ツールです。実際、現場で使える作業手順書は、誰でも・いつでも作業が分かる状態を目指し、品目別の構成や年間の作業スケジュールを持たせると全体像が把握しやすいとされています。特に複数作物や複数圃場を扱う経営では、追肥・病害虫対策・土壌分析などが同時期に重なるため、スケジュールの見える化が作業管理の基盤になります。
ここで重要なのが「スタイルガイド」です。スタイルガイドは、表記・用語・単位・手順の書き方を統一し、読み手が迷うポイントを減らすルール集です。農業では、同じ意味を指す言葉が人によって揺れやすく(例:中耕/除草/培土、芽かき/摘芽、灌水/水やり)、新人・外国人・繁忙期の応援が入るほど誤解が起きます。そこで、マニュアル本文より先に、次の「統一ルール」を決めると後で破綻しにくいです。
意外と効くのが「写真や図にこだわり過ぎない」という方針です。写真があると理解が早い一方、完璧を求めると“作ること”が目的化し、未完成で止まりがちです。まずは文字だけでも伝わる最小構成で作り、必要な箇所から写真を足す設計が現実的です。
参考)文書管理(管理マニュアル) : すてきな農業のスタイル
作業手順書で最も効くのは「具体的な数字」です。農業は経験差が大きく、同じ“多め”“弱め”“早め”でも解釈が割れますが、数字は共通言語になります。実証農場の作業手順書でも、作業を進める上で数字で作業時間や人工などを書くことが重要だと指摘されています。
数字を使うときは、スタイルガイドで「どの数字を必ず書くか」を定義すると、マニュアル全体の品質が安定します。例えば、作業ごとに次の項目をテンプレ化すると、現場が読んだ瞬間に判断できます。
写真・図のスタイルも決めます。機械操作は視覚で伝えると理解しやすく、どのスイッチをONにするかなどは写真が有効だとされています。
ただし「写真を貼る」だけでは事故が増えます。なぜなら、写真は“正しい状況”を写す一方で、“やってはいけない状況”が写っていないからです。そこでスタイルガイド側で次を固定化します。
あまり知られていない実務のコツとして、「曖昧語の辞書」を作る方法があります。例えば「やや湿る」「しっかり鎮圧」「軽く潅水」などの言葉を現場で使うなら、その言葉に対応する目安(握ったときに団子になる/表面が黒く変わる/5分で○Lなど)をスタイルガイドに集約し、本文からリンク参照にすると、本文が短くなり更新もしやすくなります。
農業のマニュアル整備で後回しにされがちなのが安全ですが、実は「安全の書き方」こそスタイルガイドで統一すべき領域です。安全衛生教育の資料では、作業手順書は作業行動の順序を分かりやすく示し、各作業のやり方と急所を示すものだとされ、さらに「ヒヤリ・ハット」事例を活用して危険な手順の情報を共有する重要性が述べられています。
つまり、危険は“注意喚起の段落”に閉じ込めず、手順の中に埋め込むのが正攻法です。例えば、手順の各ステップに「危険」「対策」「確認」をセットで置きます。
5Sは“整理整頓”のスローガンではなく、事故を減らし、作業効率も上げる土台です。安全衛生教育マニュアルでは、4S/5S(整理・整頓・清潔・清掃・習慣)を徹底することが安全・衛生・効率的な作業の基本だと説明されています。
農業の現場に落とすなら、次のように書くと運用しやすいです(スタイルガイドで定型文にする)。
ヒヤリハットは「報告させる文化」がすべてです。資料では、報告者の責任追及をしない、改善に活かす、情報共有する、といった実施ポイントが整理されています。
農業でよくあるヒヤリハット(刈払機の飛び石、ハウス内の熱中症、軽トラの荷台転落、薬剤希釈ミス)を、1枚のフォームで回収し、月1回の朝礼で“改善が出た件だけ”共有すると、報告が増えやすくなります。
参考:作業手順書と安全衛生教育(作業手順書・5S・ヒヤリハットの考え方)
厚生労働省:未熟練労働者の安全衛生教育マニュアル(作業手順・5S・ヒヤリハット)
農業マニュアルは「完成」ではなく「更新」で価値が出ます。実証農場の事例でも、過去の実績をまとめて手順書に書くと便利で、作柄傾向や生育状況の記録が次年度に役立つとされています。
つまり、マニュアルは“手順”だけでなく、“実績データ”とセットで強くなります。
更新を回すために、スタイルガイド側で「更新の単位」を決めます。おすすめは、文書を3階層に分けて、変更頻度が高いものほど軽く更新できるようにすることです。
教育は「読む→やる→確認する」の往復が必要です。安全衛生教育マニュアルでは、作業手順を繰り返し練習して体得すること、分からない時は責任者に確認すること、そして手順は適宜見直すことが重要だと述べられています。
農業向けに落とすなら、OJTで次を固定するとブレません。
また、外国人や高年齢の作業者が混在する場合、イラスト・動画の活用や繰り返し教育、コミュニケーション促進が望ましいという整理もあります。
農業では「収穫期だけ来る人」「繁忙期に急に増える人」が多いので、スタイルガイドに“最低限これだけ守る”の1枚(服装・立入禁止・連絡・応急措置)を作り、全員のサインを取ると事故率が下がりやすいです。
検索上位の一般的な「マニュアル作成術」では、作業手順や写真・数字の話が中心になりがちですが、農業で効く独自視点は「圃場をマニュアルの目次にする」設計です。実証農場の手順書でも、圃場の地図など細かい情報があると良いが、完璧を求め過ぎないことが示唆されています。
そこで、地図は“凝った図面”ではなく、判断を早くする索引として使います。
具体的には、圃場・ハウスごとに「カード」を作り、手順書と相互参照させます。カードに載せるのは、文章よりも現場で即使う情報です。
この方式の利点は、手順書が増えても「圃場カード→該当手順」へ辿れるため、新人が迷子になりにくい点です。さらに、ヒヤリハットを“圃場カードに紐づけて”記録すると、「この圃場は転倒が多い」「このハウスは熱中症が出やすい」といった傾向が可視化され、対策の優先順位も決めやすくなります。ヒヤリハットを減らすことが災害防止につながるという考え方(ハインリッヒの法則の紹介)もあり、日々の小さな情報の集約が効いてきます。
最後に、スタイルガイドに「現場の例外処理」も入れておくと強いです。農業は天候で計画が崩れるため、例外の判断基準(雨後は入圃を何時間空ける、強風時は散布を中止する、暑さ指数が高い日は作業を短縮する等)を“手順の外”に置かず、共通ルールとしてまとめると、現場判断の質が揃います。これが、属人化を減らしつつ、現場の裁量も残すスタイルガイドの使い方です。