近年、農業界で注目を集めている「ソーシャル・アグリ・プレナー」という言葉をご存知でしょうか。これは、「ソーシャル(社会的な)」「アグリカルチャー(農業)」「アントレプレナー(起業家)」を組み合わせた造語であり、単に農作物を生産して販売するだけでなく、農業という事業を通じて様々な社会課題の解決に取り組む起業家たちのことを指します。
従来の農業ビジネスは、「いかに高品質なものを作り、いかに高く売るか」という生産と販売の軸が中心でした。しかし、ソーシャル・アグリ・プレナーは、その活動の前提に「過疎化」「耕作放棄地の増加」「障がい者の就労支援」「環境保全」「食料自給率の向上」といった、地域や国が抱える課題へのアプローチを据えています。彼らは、これらの課題をボランティアとしてではなく、持続可能なビジネスとして解決しようと試みている点が最大の特徴です。
なぜ今、この概念が必要とされているのでしょうか。それは、日本の農業が抱える構造的な問題が、もはや農家個人の努力だけでは解決できないレベルに達しているからです。人口減少による担い手不足や、気候変動による収量の不安定化は、待ったなしの状況です。こうした状況下で、農業を「食料生産産業」としてだけでなく、「地域を守り、人を育てる産業」として再定義し、そこに新しい経済的な価値を見出す動きが加速しています。
ソーシャル・アグリ・プレナーは、農業の多面的機能(国土保全、水源涵養、癒やしなど)を最大限に活用し、行政や異業種と連携しながら、地域全体に利益をもたらすエコシステムを構築します。例えば、農業と福祉を連携させた「農福連携」や、農業体験を通じた「教育ツーリズム」、再生可能エネルギーと農業を組み合わせた「ソーラーシェアリング」などがその代表例です。これらは全て、社会的な要請に応えつつ、農業者の収益も安定させる仕組みとして機能しています。
この記事では、これから農業で起業を目指す方や、現状の経営に行き詰まりを感じている農業従事者の方に向けて、ソーシャル・アグリ・プレナーとして活躍するための具体的な思考法と実践的なノウハウを詳しく解説していきます。
ソーシャル・アグリ・プレナーの活動において核となるのは、やはり「社会課題の解決」です。しかし、ここで言う解決とは、単に問題を解消することだけを指すのではありません。課題そのものをビジネスのリソース(資源)として捉え直し、価値に変える逆転の発想が必要不可欠です。
例えば、「耕作放棄地」という課題を考えてみましょう。一般的な視点では、雑草が生い茂り、害獣の住処となる厄介な負の遺産です。しかし、ソーシャル・アグリ・プレナーの視点では、これを「初期投資を抑えて参入できる広大なフィールド」や「放牧によるアニマルウェルフェアを実現する場」として定義し直すことができます。実際に、耕作放棄地を活用してヤギの除草サービスを展開したり、放牧豚を飼育してブランド化に成功している事例が存在します。
また、農業界の深刻な課題である「人手不足」と、社会全体の課題である「ひきこもりや障がい者の就労先の不足」をマッチングさせることも、ソーシャル・アグリ・プレナーの重要な役割です。農業の現場には、種まき、除草、収穫、選別、加工、清掃など、多種多様な工程があります。これらを細分化し、個々の特性に合った作業を切り出すことで、働きづらさを抱える人々に活躍の場を提供できます。これは単なる労働力の確保ではなく、多様な人々が社会参画できる仕組みを作るという大きな価値の創出です。
さらに、環境問題へのアプローチも欠かせません。化学肥料や農薬の使用過多による土壌汚染や水質汚濁は、長期的な農業の存続を脅かします。有機農業や自然栽培に取り組み、そのプロセス自体を環境教育のコンテンツとして販売することは、環境保全と収益化を両立させる優れたモデルと言えます。ソーシャル・アグリ・プレナーは、自身の農場が環境再生の拠点となることを目指し、そのストーリーを消費者に届けることで、価格競争に巻き込まれないブランド力を築いています。
農林水産省:農福連携の推進(農業と福祉の連携による課題解決の具体策)
このように、目の前にある「困りごと」を「商機」と捉え、ビジネスの手法を用いて持続的に解決していく姿勢こそが、ソーシャル・アグリ・プレナーの定義であり、真髄なのです。
ソーシャル・アグリ・プレナーが成功するかどうかは、構築するビジネスモデルがどれだけ持続可能であるかにかかっています。社会貢献を掲げていても、補助金や寄付金に依存した経営体質では、長続きしません。自律的に収益を生み出し、その利益を次の活動や地域へ再投資する「循環」を作ることが求められます。
ここで重要となるのが、「地域内循環」の視点です。
地域にある未利用資源(バイオマス)をエネルギーや肥料として活用することで、コストを削減しつつ、環境負荷を低減させるモデルが注目されています。
地域の食品工場やスーパーマーケットから出る食品廃棄物を回収し、堆肥や家畜の飼料として再利用します。これにより、廃棄物処理コストの削減と、輸入飼料・化学肥料への依存度を下げる「低コスト・高付加価値」な生産体制が可能になります。
農業用水路を活用した小水力発電や、バイオマスボイラーによる熱利用、営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)などを導入します。売電収入を得るだけでなく、ハウス栽培の暖房費を削減したり、災害時の非常用電源として地域に提供したりすることで、農村のエネルギー自給率を高めます。
また、ビジネスモデルにおいては、単一の農産物販売に頼らない「収益源の多角化」が重要です。ソーシャル・アグリ・プレナーは、以下のような複数のキャッシュポイントを組み合わせることで経営を安定させています。
収穫体験、食育ワークショップ、農家民泊などを通じて、農産物以外の「体験価値」を販売します。
規格外品をジュースやジャム、レトルト食品などに加工し、廃棄ロスを減らしつつ商品単価を上げます。
消費者と直接契約を結び、定額で旬の野菜を届ける仕組みや、果樹のオーナー制度を導入します。これにより、天候リスクを消費者と共有し、安定したキャッシュフローを確保します。
これらの取り組みは、地域内でお金が回る仕組みを作ることでもあります。地元の資材を使い、地元の人を雇い、地元で消費(または加工)することで、地域経済全体が活性化し、結果として農業を続けやすい環境が整っていきます。
日本政策金融公庫:農業経営の成功事例集(多様なビジネスモデルの参照)
持続可能なビジネスモデルとは、自分だけが儲かる仕組みではなく、関わる人や環境全てにメリットがある「三方よし」の現代版と言えるでしょう。
農業界の常識に囚われないイノベーションを起こすためには、異業種との連携が不可欠です。ソーシャル・アグリ・プレナーは、IT企業、大学、医療機関、観光業、飲食業など、全く異なる背景を持つパートナーと手を組み、化学反応のような新しい価値を生み出しています。
例えば、IT企業との連携による「スマート農業」の進化は目覚ましいものがあります。単なる省力化だけでなく、熟練農家の技術(暗黙知)をデータ化してAIに学習させることで、新規就農者の技術習得期間を劇的に短縮する取り組みが行われています。これは「農業は一人前になるまで10年かかる」という高い参入障壁を壊し、若者や異業種からの参入を促進する大きな社会的意義を持っています。
また、観光業との連携では、「アグリツーリズム」が進化しています。従来の「いちご狩り」のような収穫体験にとどまらず、農村の暮らしそのものを体験する滞在型プログラムや、ワーケーション需要を取り込んだ「農村サテライトオフィス」の提供などが始まっています。旅行会社と提携して、インバウンド(訪日外国人)向けに日本の伝統的な農村風景や食文化を深く体験させる高単価ツアーを造成し、外貨を獲得している事例もあります。
さらに、地域の飲食店や食品メーカーとの連携も見逃せません。
例えば、以下のようなコラボレーションが考えられます。
食品メーカーと共同で、形が悪く市場に出せない野菜を使ったスムージーやスープを開発し、エシカル消費を好む層に販売する。
有名レストランのシェフと直接連携し、市場には出回らない珍しい品種や、特定の料理に最適化された野菜を生産する。これにより、価格競争から脱却し、ブランド価値を高める。
こうした連携を進める上で重要なのは、農家自身が「何を作っているか」だけでなく、「どんな社会を実現したいか」というビジョンを明確に語れることです。共感を生むビジョンがあれば、業界の垣根を超えて協力者が集まります。ソーシャル・アグリ・プレナーは、農場という物理的な場所を超えて、人と人、技術と課題をつなぐコーディネーターとしての役割も果たしています。
ここでは、まだ多くの農家が着手していない、しかし大きな可能性を秘めた独自視点のビジネスモデルについて解説します。それは、企業の「健康経営」や「人材育成」のニーズを農業に取り込むというアプローチです。
現代社会において、都市部の企業で働く従業員のメンタルヘルス不調は深刻な社会課題となっています。一方で、企業は「健康経営優良法人」の認定取得を目指すなど、従業員の健康維持やエンゲージメント向上に投資を惜しまなくなっています。ここに、ソーシャル・アグリ・プレナーが参入する大きなチャンスがあります。
具体的には、農作業そのものを「企業向け研修プログラム」や「福利厚生サービス」としてパッケージ化し、BtoB(対企業)で販売するモデルです。
土に触れ、太陽の光を浴び、体を動かす農作業には、ストレス軽減効果があることが科学的にも示唆されています(園芸療法など)。これを企業のメンタルヘルス対策として提案し、定期的に社員を受け入れます。単なるレクリエーションではなく、産業医やカウンセラーと連携し、ストレスチェックの数値改善などをエビデンスとして提示できれば、高付加価値なサービスになります。
農業は、天候という不確実な要素に向き合いながら、チームで協力して段取りを組み、成果を出すプロセスです。このプロセスを、新人研修や管理職研修のフィールドとして提供します。「正解のない問題」に対して仮説検証を繰り返す農業の現場は、ビジネススキルであるOODAループやレジリエンス(回復力)を養う絶好の育成の場となります。
このモデルの優れた点は、平日の稼働率を上げられることと、安定した契約収入が見込めることです。また、研修で訪れた社員が、将来的にその地域のファンとなり、リピーターや「関係人口」として定着してくれる可能性も高まります。場合によっては、企業の「出向起業」制度などを活用して、社員がそのまま農業分野で起業家として独立するケースも生まれるかもしれません。
農業を「食料生産」の場から、「人材という社会資本をメンテナンスし、育てる場」へと意味づけを変える。これこそが、ソーシャル・アグリ・プレナーが提案できる、競争相手の少ないブルーオーシャンな価値創造です。
最後に、これからソーシャル・アグリ・プレナーとして起業家への道を歩み出し、確実に収益を上げていくための具体的なステップを整理します。情熱だけで突っ走るのではなく、冷徹な計算と戦略が必要です。
Step 1: 解決したい社会課題の特定と市場調査
まずは、「誰の、どんな困りごとを解決したいか」を明確にします。漠然と「地域を元気にしたい」ではなく、「地域の高齢者が買い物に行けない問題を、移動販売車と農産物配送をセットにすることで解決する」といった具体レベルまで落とし込みます。そして、その課題に対して誰がお金を払ってくれるのか(受益者負担か、行政委託か、CSR予算か)を徹底的にリサーチします。
Step 2: 小さな成功モデル(MVP)の作成と検証
いきなり大規模な設備投資をするのは危険です。まずは借りた畑の片隅や、週末農業からスタートし、考案したビジネスモデルが実際に機能するかをテストします。SNSなどを活用して活動を発信し、ファンや協力者を集めながら、プロトタイプ(試作)の商品やサービスを販売してみましょう。この段階でのフィードバックが、後の事業計画の精度を高めます。
Step 3: 資金調達とリソースの確保
事業を拡大するためには資金が必要です。自己資金に加え、以下のような調達手段を検討します。
Step 4: チームビルディングと連携体制の構築
一人でできることには限界があります。経理、マーケティング、デザインなど、自分に足りないスキルを持つ人材を巻き込みます。また、地域の農協、行政、商工会など、既存の組織とも良好な関係を築くことが、地域で長くビジネスを続けるための鍵です。「よそ者」として排斥されないよう、地域の行事に参加するなど、泥臭いコミュニケーションも参入初期には不可欠です。
新・農業人フェア(就農相談や農業法人とのマッチングイベント情報)
ソーシャル・アグリ・プレナーへの道は平坦ではありませんが、その分、得られるやりがいと社会へのインパクトは計り知れません。あなたの挑戦が、日本の農業の未来を切り拓く一歩となることを応援しています。