シキミ酸経路の見分け方!グリホサートとアミノ酸阻害の仕組み

シキミ酸経路の見分け方を知っていますか?除草剤の効果や安全性を理解する鍵となるこのメカニズム。グリホサートの仕組みから、枯れ方の特徴、動物への影響まで、農作業に役立つ知識を深掘りします。なぜ雑草だけが枯れるのでしょうか?

除草剤におけるシキミ酸経路の見分け方

シキミ酸経路のポイント
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植物だけの弱点

動物にはないアミノ酸合成ルートを狙い撃ち

枯れ方のサイン

じわじわと全体が黄変し、根まで枯れるのが特徴

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抵抗性の見極め

シキミ酸の蓄積反応で薬剤耐性を科学的に判定

シキミ酸経路とグリホサートの仕組み

シキミ酸経路とは、植物や微生物が生命維持に必須となる「芳香族アミノ酸」を作り出すための生体内の化学反応ルートのことです。具体的には、トリプトファン、フェニルアラニン、チロシンといったアミノ酸がこの経路で作られます。除草剤として有名なグリホサートは、この経路の途中にある「EPSPS(5-エノールピルビルシキミ酸-3-リン酸合成酵素)」という特定の酵素の働きを強力に阻害します 。


参考)除草剤抵抗性雑草の出現と移入

この酵素が阻害されると、植物はこれら必須アミノ酸を作れなくなり、タンパク質の合成がストップしてしまいます。その結果、植物は成長を維持できなくなり、最終的に枯死に至ります。ここで重要なのは、「なぜ人間には無害と言われるのか」という点です。実は、私たち人間を含む動物は、体内でこの芳香族アミノ酸を合成するシキミ酸経路を持っていません。動物はこれらのアミノ酸を食事から摂取する必要があるため、この経路をブロックする薬剤を摂取しても、直接的な毒性は低いとされています(ただし、界面活性剤などの添加物による影響は別の議論が必要です)。


参考)高野教授のほぼ Daily Report

グリホサートが「根こそぎ枯らす」と言われる理由は、この薬剤が植物の体内に吸収された後、師管を通って成長点や根の先端まで移行する性質があるからです。葉にかけただけで成分が植物全体に行き渡り、全身でアミノ酸合成を止めるため、再生能力が高い多年生雑草の地下茎まで完全に枯らすことができるのです。これが、接触した部分だけを破壊するタイプの除草剤との決定的な違いであり、シキミ酸経路阻害剤の最大の特徴と言えるでしょう 。


参考)https://japr.or.jp/wp-content/uploads/shokucho-shi/55/shokucho_55-09_09.pdf

シキミ酸経路阻害による雑草の枯れ方の特徴

現場で役立つ「見分け方」として最も分かりやすいのが、散布後の雑草の枯れ方とそのスピードです。シキミ酸経路を阻害するグリホサート系の除草剤は、効果が現れるまでに比較的長い日数を要します。散布直後は何の変化も見られませんが、通常3〜7日ほど経過してから、植物全体の色が徐々に薄くなり、黄色く変色(黄変・クロロシス)し始めます 。


参考)グルホシネートアンモニウム vs. グリホサート - POM…

この「じわじわとした黄変」がシキミ酸経路阻害の典型的なサインです。光合成を直接止めるわけでも、細胞膜を破壊するわけでもなく、成長に必要な部品(アミノ酸)が不足してガス欠を起こすような状態になるため、植物はゆっくりと衰弱していきます。完全に枯れるまでには、気温や草種にもよりますが、夏場で1〜2週間、冬場などの低温期では3週間以上かかることも珍しくありません 。


参考)グリホサート系除草剤|広範囲に作用する液体除草剤 - POM…

また、以下の表のような特徴的な枯れ方の違いを観察することで、使用した薬剤の効果が正常に出ているか、あるいは雑草が抵抗性を持っているかを見分けるヒントになります。


特徴 シキミ酸経路阻害(グリホサートなど)
枯れるまでの速度 遅い(1週間〜数週間)
枯れ始めの症状 新芽や成長点から黄色くなり、全体へ広がる
根の状態 根や地下茎まで腐るように枯れる
再生活性 低い(完全に枯れれば再生しない)

もし散布後数日で急激に茶色く焦げたようになった場合は、シキミ酸経路阻害剤ではなく、接触型の薬剤か、展着剤による薬害である可能性が高いです。逆に、2週間経っても青々としている場合は、散布ムラか、あるいは後述する「抵抗性雑草」の疑いが出てきます。


参考:シンジェンタジャパン - 除草剤の特性と抵抗性対策(枯れるスピードの違いについて解説)

シキミ酸経路阻害剤とグルホシネートの違い

農家の間では、同じ液体の除草剤として「グリホサート」と「グルホシネート」が混同されがちですが、これらは作用するメカニズムが全く異なります。この違いを理解しておくことは、現場での使い分けにおいて非常に重要です。グルホシネートは「グルタミン合成酵素」を阻害する薬剤であり、シキミ酸経路には作用しません。こちらは植物体内のアンモニア代謝を阻害し、高濃度のアンモニアを蓄積させて細胞を壊死させます 。


参考)https://axel.as-1.co.jp/contents/oc/herbicide

最大の違いは「移行性」と「速効性」です。以下のリストで整理します。


  • グリホサート(シキミ酸経路阻害):
    • 成分が植物体内をよく移動(移行)する。
    • 根まで枯らすことができる。
    • 枯れるのが遅い。
  • グルホシネート(アンモニア代謝阻害):
    • 成分があまり移動しない(接触型に近い)。
    • かかった部分(葉や茎)だけを強力に枯らすが、根は生き残ることが多い。
    • 枯れるのが速い(数日〜1週間程度)。

    したがって、「スギナやチガヤなど、根が厄介な雑草を完全に退治したい」場合はシキミ酸経路を阻害するグリホサートを選び、「傾斜地で根を残して土壌流出を防ぎたい」あるいは「すぐに地上部を枯らして見た目をきれいにしたい」場合はグルホシネートを選ぶのが正解です。ホームセンターで「根まで枯らす」と書いてあればシキミ酸経路阻害タイプ、「素早く枯らす」と強調されていればグルホシネートやその他の接触型である可能性が高いので、パッケージの成分表を確認する癖をつけましょう 。


    参考)除草剤の種類ごとの特徴・選び方!目的別におすすめ紹介

    シキミ酸経路がない動物への安全性とリスク

    「シキミ酸経路は動物には存在しない」という事実は、このタイプの除草剤の安全性を説明する際によく使われる根拠です。確かに、酵素の鍵穴が合わないため、人間がグリホサートを摂取しても、植物のようにアミノ酸合成が止まって死ぬことはありません。この生化学的な特異性が、世界中で広く利用される理由の一つとなっています 。


    参考)公益財団法人 日本食品化学研究振興財団

    しかし、シキミ酸経路がないからといって「完全に無害」と断定するのは早計です。近年の研究や議論では、以下のようないくつかの懸念点が指摘されています。


    1. 腸内細菌への影響: 人間の細胞自体にはシキミ酸経路はありませんが、腸内に住んでいる一部の細菌(善玉菌など)はシキミ酸経路を持っています。除草剤の残留分がこれら腸内細菌のバランス(マイクロバイオーム)を崩す可能性が指摘されています。
    2. 添加剤の毒性: 除草剤は原体だけでなく、葉に付着しやすくするための界面活性剤などが含まれています。これらが人体に対して刺激性や毒性を持つ場合があります。
    3. 発がん性リスクの議論: IARC(国際がん研究機関)による評価など、酵素阻害以外のメカニズムでのリスクについては国際的に議論が続いています。

    農業従事者としては、「メカニズム上は安全性が高い設計だが、化学物質である以上は適切な防護が必要」という認識を持つことが大切です。散布時にはマスクや手袋を着用し、飛散(ドリフト)を防ぐといった基本的な使用ルールを守ることで、不要な暴露リスクを避けることができます 。


    参考)https://www.env.go.jp/content/000306280.pdf

    シキミ酸経路の蓄積を利用した抵抗性検査の裏側

    近年問題になっている「グリホサート抵抗性雑草」ですが、これを見分けるための科学的な確定診断には、実は「シキミ酸の蓄積」という現象が利用されています。これは、現場の見た目だけでは分からない、植物内部の生化学的な反応を利用した検査方法です 。


    参考)https://www.wssj.jp/~hr/diagnosis/diagnosis.html

    通常、グリホサートが効いている植物では、EPSPS酵素が阻害されるため、シキミ酸経路の流れがそこで堰き止められてしまいます。すると、行き場を失った中間代謝物である「シキミ酸」が、植物の細胞内に異常に蓄積し始めます。つまり、「シキミ酸が大量に溜まっている=除草剤がちゃんと効いて酵素を止めている」という証拠になります。


    逆に、抵抗性を持った雑草(例えば、酵素の形が変わって薬剤が効かない変異株など)にグリホサートを散布しても、酵素は阻害されず反応が進むため、シキミ酸は蓄積しません。研究機関では、採取した雑草の葉に薬剤を処理し、このシキミ酸の量を測定することで、その雑草が「単に散布量が足りなくて枯れなかった」のか、それとも「遺伝的に抵抗性を持っていて効かない」のかを明確に見分けています。


    この「シキミ酸蓄積アッセイ」と呼ばれる手法は、オヒシバやネズミムギなどの抵抗性確認において重要な役割を果たしています。農家の皆さんが畑で「あれ?枯れないな」と思った時、その植物の中ではシキミ酸が溜まっているかどうかの攻防が繰り広げられているのです。もし本当に抵抗性であれば、シキミ酸経路以外のメカニズムを持つ除草剤(グルホシネートやホルモン型除草剤など)への切り替え(ローテーション防除)が必要になります 。


    参考)KAKEN — 研究課題をさがす

    参考:iPLANT - グリホサート抵抗性オヒシバの確認と対策(抵抗性検定の実際)