生産緑地の指定解除を検討する際、最も身近で大きな影響を与えるのが固定資産税の変更です。生産緑地として指定されている間は「農地課税」が適用され、一般的な宅地に比べて極めて低い税額に抑えられています。しかし、解除によってこの優遇措置が外れると、「宅地並み課税」へと移行し、税負担が劇的に増加することになります。
農地課税と宅地並み課税では、その評価額の算出方法が根本的に異なります。農地課税は農業を行うことを前提とした低い評価額に基づくものですが、宅地並み課税は周辺の宅地価格を基準に評価されます。都市部の立地によっては、固定資産税額が数十倍から、場合によっては100倍近くに跳ね上がるケースも珍しくありません。これまで年間数千円から数万円程度で済んでいた税金が、数十万円から百万円単位になることは、土地所有者にとってキャッシュフロー上の重大なリスクとなります。
国土交通省:生産緑地制度の概要(宅地並み課税と農地課税の違いについて解説)
この急激な税負担の増加を緩和するために設けられているのが「激変緩和措置」です。これは、生産緑地の解除後すぐに満額の宅地並み課税を請求するのではなく、5年間かけて段階的に税額を引き上げていく仕組みです。
この措置により、解除直後の急激な支出増はある程度抑えられますが、あくまで一時的な緩和に過ぎません。5年後には完全な宅地並み課税となるため、解除前には長期的な資金計画や、アパート経営、駐車場経営、あるいは売却といった具体的な土地活用プランを確定させておく必要があります。
また、都市計画税についても同様に課税強化が行われます。固定資産税と同様、生産緑地指定中は軽減されていたものが、解除によって宅地並みの負担となります。固定資産税と都市計画税を合わせたランニングコストの上昇は、土地を単に「所有しているだけ」では維持できないレベルになることが多いため、収益化または処分の決断が迫られることになります。
生産緑地を所有している多くの地主や農家が利用している制度に「相続税の納税猶予制度」があります。これは、農業を継続することを条件に、農地にかかる相続税の大部分の支払いを猶予し、最終的には免除するという強力な節税策です。しかし、生産緑地の指定を自ら解除(買取申出)する場合、この納税猶予が「打ち切り」となる点に最大の注意が必要です。
納税猶予が打ち切られると、それまで猶予されていた相続税の「元本」を支払わなければならないのはもちろんのこと、相続税の申告期限から現在までの期間に応じた「利子税」を上乗せして支払う義務が生じます。
特に注意が必要なのは「利子税」の存在です。長期間にわたって営農を続けてきた場合、数十年分の利子税が加算されることになります。利子税の税率は、その年ごとの「特例基準割合」によって変動しますが、原則として年3.6%(または特例基準割合による計算値)が適用されます。近年は低金利の影響で税率は低く抑えられていますが、それでも長期間の累積は無視できない金額になります。
例えば、30年前に相続が発生し、ずっと納税猶予を受けていた場合、30年分の利子税が加算されます。場合によっては、猶予されていた本税の額を超える利子税が発生することもあり得ます(ただし、利子税額は本税額を上限とする規定がある場合や、時期による利率計算の複雑さがあるため、専門家による試算が不可欠です)。
国税庁:農業相続人が農地等の贈与を受けた場合の納税猶予の特例(利子税の計算方法等)
解除によって発生する税金は、原則として一括納付が求められます。「土地を売って税金を払えばいい」と考える方も多いですが、不動産の売却には時間がかかる場合があります。税金の納付期限までに現金を用意できなければ、滞納処分などのリスクも生じます。
さらに、納税猶予を受けている農地の一部だけを解除したい場合でも、原則として猶予を受けている農地全体について猶予が確定してしまうリスクがあります(特定貸付などの例外を除く)。「一部だけ売って税金に充てる」という計画が可能かどうかは、税理士等の専門家と綿密に相談する必要があります。安易な解除は、先代から受け継いだ資産を大きく減らす結果になりかねません。
「2022年問題」とは、1992年に生産緑地法が改正された際に指定された多くの生産緑地が、30年の営農義務期間を終える2022年に一斉に解除可能となり、大量の土地が宅地として市場に供給されることで地価が暴落するのではないか、と懸念された問題です。この問題に対処するために創設されたのが「特定生産緑地制度」です。
生産緑地は指定から30年経過すると、いつでも自治体に買取申出(事実上の解除申請)ができるようになります。しかし、解除すれば前述の通り固定資産税の急増等のデメリットが発生します。そこで、30年経過後も引き続き生産緑地として保全し、税制優遇を継続するために、10年ごとに指定を延長できるのが特定生産緑地制度です。
特定生産緑地に指定されることのメリットは以下の通りです。
重要なのは、この特定生産緑地の指定は「30年経過する前(または経過する日まで)」に手続きを行わなければならないという点です。一度30年の期限を過ぎてしまい、特定生産緑地を選択しなかった場合、その土地は「特定生産緑地以外の生産緑地」となり、後から特定生産緑地に戻すことはできません。
さいたま市:特定生産緑地制度について(指定の手続きや期限に関する詳細)
特定生産緑地を選択しなかった場合、固定資産税は段階的に宅地並み課税へと移行(激変緩和措置)しますが、すぐに買取申出をしない限り、土地の行為制限(建築制限など)は残ったままです。「税金は高くなるのに、自由に活用できない」という中途半端な状態になるリスクがあります。
したがって、土地所有者は以下の二択を迫られることになります。
この判断を誤ると、将来の税負担や土地活用に大きな制約が生まれます。特に相続対策を考えている場合、特定生産緑地の指定有無は、次世代の税負担に直結する極めて重要な分岐点となります。
生産緑地を解除するためには、単に「辞めます」と宣言するのではなく、法に基づいた「買取申出」という手続きを経る必要があります。これは形式上、「市町村に対して土地の買い取りを請求する」という手続きです。
具体的な解除(行為制限の解除)までのフローは以下のようになります。
生産緑地を解除できるのは、以下のいずれかの要件を満たした場合に限られます。
必要書類(登記事項証明書、位置図、印鑑証明書など)を揃えて、各自治体の担当窓口に提出します。
申出を受けた自治体は、その土地を公園や公共施設として買い取るかどうかを検討します。しかし、財政難などの理由から、実際に自治体が買い取るケースは極めて稀です。
自治体が買い取らない場合、地域の他の農業従事者に「この農地を買いませんか?」とあっせんが行われます。これには通常2ヶ月程度の期間が設けられますが、こちらも実際に買い手がつくケースは多くありません。
自治体の買取もなく、あっせんも不調に終わった場合、申出から3ヶ月経過した時点で、生産緑地としての「行為制限」が解除されます。これにより、ようやく宅地への転用、建物の建築、第三者への売却が可能になります。
川崎市:生産緑地買取申出について(必要書類やフローの自治体ごとの詳細例)
注意すべき点は、「すぐに売れるわけではない」ということです。買取申出をしてから制限が解除されるまで、最低でも3ヶ月の期間が必要です。不動産売却の契約を進める際は、このタイムラグを考慮に入れたスケジュール調整が不可欠です。また、この期間中も農地としての管理義務は継続します。
また、手続き中に主たる従事者の「故障」を理由とする場合、その基準は自治体によって厳格に運用されています。「高齢で疲れたから」という理由だけでは認められず、「両眼の失明」「手足の喪失」「重度の精神障害」など、具体的な基準に合致する医師の診断書が必要となるケースが一般的です。
生産緑地の解除を検討する理由の多くは、「体力的に農業を続けるのが難しい」「後継者がいない」という悩みです。しかし、解除すればこれまで解説した通り、莫大な税負担のリスクが生じます。そこで、「生産緑地を解除せずに、他人に貸して営農してもらう」という第三の選択肢として注目されているのが、「都市農地貸借法(都市農地貸借円滑化法)」の活用です。
2018年9月に施行されたこの法律により、生産緑地を他人に貸し出しても、相続税の納税猶予が継続できるようになりました。これまでは、納税猶予を受けている農地を他人に貸すと、農業経営を放棄したとみなされ、納税猶予が打ち切られてしまうのが原則でした。これが、土地所有者にとっての大きな足かせとなっていたのです。
都市農地貸借法を活用するメリットは以下の通りです。
農林水産省:都市農地の貸借がしやすくなりました(制度の概要とメリット)
この制度を利用すれば、所有者自身が農業を行えなくなっても、生産緑地を解除することなく、税制メリットを享受し続けることが可能です。特に、「今はまだ売却したくないが、自分で耕作するのは限界」という地主にとっては、解除による税金地獄を回避する極めて有効な手段となります。
解除ありきで考えるのではなく、まずは地元の農業委員会や自治体に相談し、この貸借制度を利用できる借り手(認定都市農地貸付の事業者など)がいないかを探すことを強くお勧めします。税金の支払いで資産を失う前に、制度を賢く利用して資産を守る視点を持つことが重要です。