ラテックス・フルーツ症候群は、天然ゴム(ラテックス)に対するアレルギーを持つ人のうち約3〜5割が、特定の果物を食べたときにも口のかゆみやじんましん、時にアナフィラキシーまで起こす状態を指します。 仕組みとしては、ラテックス中のタンパク質と果物中のタンパク質の構造がよく似ているため、同じIgE抗体が両方に反応してしまう「交差反応性」が鍵になっています。
医療系の解説では、アボカド・キウイフルーツ・バナナ・クリが特に高リスク群として繰り返し挙げられており、これらで強い症状が出やすいと報告されています。 さらに、パパイヤ、イチジク、メロン、マンゴーなども関連果物としてリストアップされており、果樹を多く扱う農家ほど対象となる品目が広くなりやすいのが特徴です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/10905000/000853372.pdf
代表的な症状は、次のような即時型アレルギー反応です。
参考)アレルギーについて
興味深い点として、果物側の主なアレルゲンの一つが「クラスIキチナーゼ」という防御タンパク質で、アボカドやバナナ、クリなどに多く含まれ、ラテックスの主要アレルゲンであるヘベインと配列がよく似ていることがわかっています。 クラスIキチナーゼはエチレン処理などで発現が増えることや、加熱でアレルゲン性が大きく低下することが報告されており、煮る・焼くと症状が出にくくなるケースの一因と考えられています。
参考)Class I chitinases, the panall…
診断の現場では、どのラテックス製品やどの果物でどのような症状が出たかという詳細な問診が最重要とされ、必要に応じてラテックス粗抗原や主要コンポーネント(Hev b 6.02など)に対する特異的IgE検査が使われています。 検査で感作があっても実際に食べて症状が出ない果物もあるため、「一律に全部禁止」ではなく、実際の症状の有無を踏まえた個別の除去方針が勧められています。
参考)食物アレルギーの発症と予知と予防 : 食物アレルギー診療ガイ…
ラテックス・フルーツ症候群の病態と高リスク果物の整理に役立つ医療者向けの詳しい解説です。
日本ラテックスアレルギー研究会:第8章『ラテックス-フルーツ症候群』ってどんな病気?
農業従事者は一般人よりも、果物やラテックス製品に日常的に長時間触れるため、アレルギー関連の職業性リスクが高い集団とされています。 実際、農業や林業の作業者はハチ毒アレルギーなどと並んでアナフィラキシーのリスク集団として挙げられており、アレルゲンへの反復曝露が多い働き方そのものが負担になり得ます。
ラテックス・フルーツ症候群の観点では、とくに次のような作目・作業でリスクが高まりやすいと考えられます。
参考)https://www.jona.gr.jp/tpics/member/10.pdf
農家ならではの盲点として、「仕事中のつまみ食い」や「形の悪い果実の自家消費」があります。収穫や選果の合間に生の果物を頻回に口に運ぶことで、一度に大量摂取はしなくても、敏感な人では小さな刺激が何度も積み重なる形になりやすいからです。 さらに、汗で湿った皮膚はバリア機能が落ちており、ラテックス手袋や樹液と組み合わさることで感作が進みやすくなる点も指摘されています。
参考)https://karger.com/article/doi/10.1159/000078692
こうした事情を踏まえると、果物栽培農家では次のような一次予防が重要になります。
行政資料では、ラテックスアレルギー患者がクリやバナナ、アボカド、キウイを食べて発作的な咳や喘鳴、アナフィラキシーを起こした事例が紹介されており、農家でも同様のことが起こり得ると考えた方が安全です。 「若いころから手袋でかゆくなりやすかった」「バナナを食べるとなんとなくのどが変だ」という人は、一度アレルギー専門医に相談し、仕事のスタイルも含めて評価してもらう価値があります。
参考)ラテックスアレルギー-疾患別メニュー-山梨大学医学部附属病院…
ラテックスアレルギーと高リスク果物の注意喚起事例がまとまっている行政資料です。
厚生労働省:天然ゴム製品の使用による皮膚障害(ラテックスアレルギー)に関するリーフレット
ラテックス・フルーツ症候群を防ぐうえで、天然ゴムそのものへの接触機会を減らすことは非常に重要であり、農業現場で最も身近なのが手袋やホースなどのゴム製品です。 天然ゴム手袋は柔らかくて作業性が良い一方、ラテックスアレルギーの原因となるたんぱく質や、製造時に使われる加硫促進剤などが含まれ、繰り返しの使用で接触じんましんを起こす人が少なくありません。
近年は、ラテックスを含まないニトリルゴム手袋が、食品産業や衛生管理が必要な作業用として「ラテックスフリー」「パウダーフリー」「加硫促進剤フリー」をうたって販売されており、ラテックスアレルギー対策としても利用が広がっています。 ニトリル手袋は天然ゴムより耐油性・耐薬品性・突き刺し強度に優れるものも多く、農薬散布や収穫・洗浄作業など、農業用途でも相性の良い場面が多いのが利点です。
参考)https://www.genbaichiba.com/shop/c/c0511/
代表的な選択肢を整理すると、次のようになります。
参考)https://www.monotaro.com/k/store/%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E7%94%A8%E3%82%B4%E3%83%A0%E6%89%8B%E8%A2%8B/
| 手袋・素材 | ラテックスアレルギーリスク | 農業現場での特徴 |
|---|---|---|
| 天然ゴム(ラテックス)手袋 | 高い。ラテックスたんぱく質と加硫促進剤が原因になることが多い。 | 柔らかく作業性は良いが、長期使用者では感作リスクがある。食品・果物を扱う人は要注意。 |
| ニトリルゴム手袋(ラテックスフリー) | 低い。ラテックスを含まず、特定製品では加硫促進剤も不使用。 | 耐油・耐薬品・耐突刺に優れ、農薬散布・収穫・洗浄など広い用途で使いやすい。 |
| 塩化ビニル(PVC)手袋 | ラテックス由来のアレルギーは起こさないが、別の可塑剤への感作の可能性はゼロではない。 | 安価で導入しやすいが、細かい作業ではやや滑りやすいことがある。 |
農機具についても、タイヤやシール材、ホースなどに天然ゴムが使われることが多く、破損部の修理時やオイルまみれのホース交換などで、素手でラテックスに触れる状況が生じやすくなります。 こうした作業では、ラテックス含有の有無を意識しつつ、できるだけラテックスフリー手袋を使い、傷のある手や湿った皮膚で直接触れないようにするだけでも、感作リスクをある程度抑えられます。
参考)NRGene – Growing the fut…
実務的な工夫としては、次のようなポイントが挙げられます。
ラテックスアレルギー対策として推奨されるラテックスフリー手袋の特徴や、食品産業向け安全対策が詳しく紹介されています。
MIDORI AFシリーズ:ラテックスフリー・加硫促進剤フリー手袋の解説ページ
少し先を見据えた話として、ラテックス・フルーツ症候群を背景に「低アレルゲンの天然ゴム源」を模索する動きがあります。その一つが、北米などで注目されているキク科低木グアユール(guayule)で、この植物から採れるゴムは、従来のパラゴムノキ由来ラテックスよりアレルゲン性が低い、「低アレルゲンラテックス」として位置づけられています。
ゴム産業向けの解説では、グアユール由来のラテックスが、タイヤや手袋、チューブなど幅広い製品に試験的に使われ、従来の天然ゴムと比べても遜色ない、むしろ優れた性能を示すケースもあると報告されています。 また、乾燥地で少ない投入資材でも栽培できる低入力作物であり、既存の畑作機械で収穫・運搬が可能なため、労働集約的な樹液採集が必要なパラゴムノキとは違う生産システムが描かれています。
参考)https://www.washingtonpost.com/business/interactive/2024/guayule-us-rubber-new-sustainable-tires/
農業従事者の視点から見ると、グアユールのような作物には次のような潜在的メリットがあります。
一方で、グアユールゴムはまだ生産量・加工インフラともに発展途上で、パラゴムノキをすぐに置き換える段階にはないとされています。 それでも、将来的に「アレルギーの出にくい天然ゴム」として市場が立ち上がれば、ラテックス・フルーツ症候群やラテックスアレルギーを抱える農業従事者にとっても、より安全な作業環境を支える素材として期待できる選択肢となるでしょう。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7399996/
天然ゴム代替作物としてのグアユールの特性や、低アレルゲンラテックスとしての可能性が詳しくまとめられています。
GUAYULE – AN ALTERNATIVE SOURCE FOR NATURAL RUBBER