ピレトロイド系(合成ピレスロイドを含む)は、昆虫の神経系にある電位依存性ナトリウムチャネルを標的として興奮を持続させ、最終的に麻痺・致死へ導くタイプの殺虫剤です。これはIRACの作用機構分類では「ナトリウムチャネルモジュレーター」に整理され、ピレスロイド系・ピレトリン系がグループ3Aに入ります。作用機構がはっきりしているぶん、同じ標的に対する“慣れ(抵抗性)”が起きると効きが落ちやすく、現場では「散布はしたのに残る」現象が発生します。
ここで重要なのは「薬剤が悪い/虫が強い」だけで片付けず、効かなかった原因を複数の軸で切り分けることです。例えば、ピレトロイドは接触毒性が中心になりやすい製剤が多く、虫体に当たらないと効果が出にくい場面があります(葉裏、重なり、密植)。また、散布時の液量・ノズル・圧力・風、作物の茂り具合で付着が変わるため、同じ希釈倍率でも結果が変わります。
さらに、ピレトロイドは速効的なイメージが強い一方で、対象害虫のステージによって感受性が違います。IRACの抵抗性対策の基本でも「可能な限り若齢幼虫を対象にする」ことが推奨されており、老齢期に偏った散布は“生き残りを作る散布”になり得ます。効きの確認は「翌日の生死」だけでなく、行動停止(動きの鈍化)や摂食停止の有無、圃場の残存個体が次世代に繋がる密度かまで見て判断すると、次の一手が早くなります。
参考:作用機構(IRAC 3A)を確認する部分
IRAC 作用機構分類体系(日本語版)
抵抗性対策の基本は「同じ作用機構を続けない」です。IRACの資料では、抵抗性を「使用基準に準じて使っても期待効果が出ない事例が繰り返し観察される、害虫個体群の遺伝的変化」と定義しており、現場感に合う実務的な定義になっています。つまり、1回の失敗で決めつけるのではなく、再現性がある“効かない”が続くとき、抵抗性の可能性が高まります。
ピレトロイド(3A)は標的が共通なので、同系統の連用はもちろん、同じ作用機構に属する別成分でも「交差抵抗性」で効きが落ちるリスクがあります。IRACは、構造が類似し同じ標的部位を共有する薬剤では交差抵抗性が起きやすいことを示し、作用機構番号でローテーションを組む意義を説明しています。現場では「商品名が違うからローテになっている」と誤解しがちですが、重要なのは商品名ではなく作用機構(IRACコード)です。
ローテーション設計の実務手順(圃場のメモで回せる形)は次の通りです。
この考え方は、研究機関側も「地域の実情(作付け体系、周辺植生、使用履歴)を考慮して抵抗性対策を組み立てる必要がある」としており、単一の正解がないことも明言されています。だからこそ、各圃場の履歴と害虫相に合わせた“自分の体系”を作る価値があります。
参考:抵抗性の定義・ローテーション原則(基礎になる部分)
IRAC 作用機構分類体系(抵抗性の定義・ローテーションの章)
参考:地域実情に合わせる(ガイドラインの考え方)
農研機構:薬剤抵抗性農業害虫管理のための情報
ピレトロイドは、害虫だけでなく有益昆虫(天敵)にも影響を与える可能性があるため、IPM(総合的病害虫管理)をやる圃場では位置づけを慎重にします。IPMの現場資料では、一般的傾向として「合成ピレスロイド剤や有機リン剤は天敵に影響が大きい」旨が述べられており、天敵放飼・土着天敵保護を軸にする体系では、散布タイミングや薬剤選択が収量に直結します。
実務的には「天敵を入れるならピレトロイド禁止」ではなく、次のように“使える余地”を作ります。
ここで意外に効くのが「圃場の周辺環境を含めた設計」です。天敵は圃場の中だけで完結せず、畦畔や周辺植生から供給されることがあります。農研機構の抵抗性管理の考え方でも、周辺植生を含めた状況を考慮すべきとされており、IPMと抵抗性対策は別々ではなく繋がっています。
参考:天敵と薬剤影響(IPMの現場資料の考え方)
千葉県:天敵利用を中心とした施設園芸IPM指導マニュアル(PDF)
参考:周辺植生も含めて設計(抵抗性管理の前提)
農研機構:薬剤抵抗性農業害虫管理(考え方)
合成ピレスロイドは水生生物(魚類・甲殻類)への毒性が強いとされ、自治体資料でも「使用できる地域の指定」や「指定地域以外では使用しない」といった注意喚起が行われています。つまり“圃場の中”だけでなく、用水・排水・河川・養殖池まで含めて、飛散・流入を起こさない設計が前提です。メーカーの製品情報でも、河川・湖沼・海域への飛散・流入防止、養殖池周辺での使用回避などの注意が繰り返し書かれており、守るべきポイントは共通しています。
現場で事故を減らす具体策は、技術的には難しくありませんが、忙しい時期ほど抜けやすいのでチェックリスト化が有効です。
ミツバチについては、薬剤ごと・使用場面ごとに注意点が異なり得ます。ラベル・地域の取り決め・周辺の養蜂状況(開花期、巣箱位置)を前提に、散布時刻(夕方以降など)や周辺連絡の運用まで含めて管理すると、トラブルを避けやすくなります。
参考:水産動植物への注意(自治体の注意喚起)
長野県:魚類・蚕児・ミツバチに対する危被害防止対策
参考:水域流入の注意(製品ラベル・注意事項の例)
クミアイ化学:イカズチWDG(魚毒性等の注意)
検索上位の一般論では見落とされがちですが、ピレトロイド系でも「土壌中での効き方」に特徴があるタイプがあります。例えば、テフルトリンは合成ピレスロイド系に分類される成分で、土壌害虫向けの粒剤として、接触効果に加えて“ガス化して土壌中の隠れた害虫に効果を発揮する”と説明されることがあります。葉面散布のイメージだけでピレトロイドを捉えていると、この系統の使い分けの発想が出にくく、結果として「地際・地下で効かない」問題を、無理に葉面散布で解決しようとしてしまいます。
この視点が現場で効く場面は、例えば次のようなケースです。
もちろん、ここでも抵抗性対策の原則は同じです。土壌処理で3Aを使った後に、葉面でも3Aを重ねると“同じ標的への圧”がかかるため、作期全体でIRACコードを俯瞰してローテーションを組む必要があります。ピレトロイドを「葉面の速効剤」と決めつけず、土壌害虫・発生場所・到達性まで含めて再分類すると、散布回数を増やさずに改善する余地が生まれます。
参考:テフルトリン(合成ピレスロイド)土壌害虫・ガス化の説明
シンジェンタ:フォース粒剤(テフルトリン)