農業の現場において、正確なほ場マップを作成することは、その後の農薬散布や収穫量予測の精度を左右する最も重要な工程です。DJI Phantom 4 RTK(P4R)は、その名の通りRTK(リアルタイムキネマティック)測位技術を搭載しており、一般的なGPSドローンが数メートルの誤差を持つのに対し、数センチメートルレベルという驚異的な位置精度を実現します。しかし、この高機能を使いこなすには、マニュアルに記載されている初期設定を正しく理解し、確実に実行する必要があります。
まず、P4Rの運用で中心となるのが、送信機に標準搭載されているディスプレイ一体型の「GS RTK」アプリです 。汎用のタブレットを使用するPhantom 4 Proとは異なり、P4Rは専用の高輝度モニター付き送信機を使用するため、炎天下の農地でも画面が見やすく、アプリの安定性も非常に高いのが特徴です。
参考)標定点(GCP)不要!測量用高精度ドローン「PHANTOM …
初期設定の重要ステップ:
特に農業利用で重要なのが「2D写真測量」モードの設定です。ここで「オーバーラップ率(画像の重なり具合)」を適切に設定しないと、後で作成するオルソ画像(歪みのない地図)がつながらず、穴の空いた地図になってしまいます。水田や均一な緑色の茶畑などは特徴点が掴みにくいため、マニュアルの推奨値(通常70〜80%)よりも高めに設定することが、現場の失敗を防ぐコツです 。
また、送信機と機体のリンク(接続)は工場出荷時に完了していますが、修理や交換を行った場合は再リンクが必要です。機体側面のLED近くにある小さなボタンをポチッと押す物理的な作業が必要になることを覚えておきましょう。
Phantom 4 RTKの真価を発揮するためには、「RTK」の仕組みを理解し、精度を極限まで高める運用が求められます。マニュアルには技術的な仕様が記載されていますが、現場で実際に「Fix(フィックス)」解を得るための泥臭いノウハウこそが重要です。
RTK測位には、主に以下の2つの方法があります。
独自の基準局(三脚に立てるアンテナ)を現場に設置します。携帯電話の電波が届かない山間部の果樹園や、中山間地域のほ場では、この方法が唯一の選択肢となります 。
参考)https://www.inakajin.or.jp/websys/wp-content/uploads/2023/03/20230317_drone_tebiki.pdf
4Gドングルを送信機に挿し、インターネット経由で補正データ配信サービス(ジェノバや日本GPSデータサービスなど)を利用します。機材が少なくて済むため、平野部の水田地帯ではこちらが主流です。
精度の要「Fix」ステータスを維持する:
GS RTKアプリの画面上部には、現在の測位状態が表示されます。「Single(単独測位)」→「Float(浮動解)」→「Fix(固定解)」の順に精度が上がり、測量には「Fix」状態が必須です。Fix状態であれば、誤差は数センチ以内に収まりますが、Floatでは数十センチ〜数メートルの誤差が生じる可能性があります。
参考:Phantom 4 RTK フライト設定マニュアル(SkyLink Japan) - 測位モードの詳細設定について
参考)Phantom 4 RTK フライト設定マニュアル
農業用ドローン(DJI Agras T10/T30など)の自動航行ルートを作成するためにP4Rで測量する場合、この精度が命取りになります。例えば、あぜ道の境界ギリギリまで農薬を散布したい場合、地図が50cmズレていれば、機体は隣の畑に侵入するか、電柱に衝突するリスクがあります。したがって、離陸前に必ず画面上の衛星数とRTKステータスが「Fix」になっていることを指差確認してください。
また、マニュアルには詳細が省かれがちですが、「対地高度」の設定も精度に影響します。カメラの解像度(GSD)は高度によって変わります。一般的な水稲の生育調査や雑草検知を行うなら高度30m〜50m、単に散布用の境界線を作るだけなら高度80m〜100mと、目的に応じて使い分けることで、バッテリーの節約と作業時間の短縮が可能になります 。
参考)https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/054/615/670.pdf
ここからは、一般的な測量マニュアルにはあまり詳しく書かれていない、しかし日本の農業現場(特に果樹園や茶園)で極めて有用な「地形追従(Terrain Awareness)」機能について解説します。
日本の農地は平坦とは限りません。段々畑や傾斜地にあるミカン畑などで、一定の高度で水平に飛行して写真を撮ると、斜面の上の方では地面との距離が近すぎ、下の方では遠すぎるという現象が起きます。これでは作成される地図の縮尺(解像度)がバラバラになり、正確なデータが得られません。そこで役立つのが「地形追従モード」です。
隠された活用ステップ:
地形追従飛行をするには、事前にその場所の高低差データ(DSM)が必要です。しかし、初めて行く畑のDSMデータなど持っていないのが普通です。
ここで裏技を使います。まずP4Rを使い、通常よりも高い高度(例:100m〜120m)で一度さらっと2D測量を行います。精度は低くても構いません。
撮影した画像をSDカード経由でPCに取り込み、「DJI Terra」などのソフトで簡易的に処理します。すると、大まかな地形データ(DSM)が生成されます。
作成したDSMファイルをMicroSDカードに入れて送信機に読み込ませます。GS RTKアプリで「地形追従」モードを選び、このDSMを指定すると、ドローンは地形の起伏に合わせて、まるでスキープレイヤーのように高度を自動調整しながら飛行します。
この手法を使えば、高低差の激しい山間部の茶畑でも、茶葉までの距離を一定に保ったまま高解像度の撮影が可能になります 。これは、農薬散布ドローンのルート作成時にも非常に有効で、作物の高さに合わせて一定距離で散布するための基礎データとなります。マニュアルでは「DSMをインポートしてください」とさらっと書かれているだけですが、現場で「自分でDSMを作る」という発想を持つことで、P4Rの活用範囲は劇的に広がります。
参考)大規模な測量現場で活躍!Phantom 4 RTKの「ブロッ…
| ステップ | 使用機材/ソフト | アクション | 成果物 |
|---|---|---|---|
| 1. 撮影 | Phantom 4 RTK | ほ場を自動飛行で撮影 | 位置情報付き画像 |
| 2. 解析 | DJI Terra | 画像をつなぎ合わせる | オルソ画像・3Dモデル |
| 3. 設計 | DJI Terra / Agras App | 散布範囲・ルートを指定 | 飛行ミッション |
| 4. 散布 | Agras T10/T30/T25 | 自動で農薬・肥料を散布 | 省力化・高精度散布 |
ドローンは「空飛ぶパソコン」と呼ばれるほど、ソフトウェアの塊です。Phantom 4 RTKにおいても、定期的なファームウェアの更新は避けて通れません。しかし、農業の現場で「久しぶりに飛ばそうと思ったら動かない」というトラブルの9割は、この更新に関連しています。
マニュアルにおいて最も重要なルールは「更新の順番」です。
多くのユーザーが機体から更新しようとしますが、正解は「送信機が先、機体が後」です(場合によることもありますが、送信機のアプリを最新にしないと機体の更新情報を受け取れないケースが多いため)。また、D-RTK 2 モバイルステーションを使用している場合は、こちらの更新も忘れてはいけません。これら3つのデバイス(送信機、機体、基地局)のバージョンが不一致だと、「Inconsistent Firmware(ファームウェア不一致)」というエラーが出て離陸できません 。
参考)トラブルシューティング (FAQ)DJI-5 - ドローン総…
確実な更新方法:
Wi-Fi経由でアプリから更新することも可能ですが、現場のネット環境が不安定だと途中で止まり、最悪の場合システムが破損するリスクがあります。推奨されるのは、PCソフト「DJI Assistant 2 For Phantom」を使用した有線接続による更新です 。
参考)https://support.dji.com/help/content?customId=ja-jp03400006835amp;spaceId=34amp;re=JPamp;lang=ja
参考:DJI公式 機体ファームウェア更新ガイド - トラブルシューティングと手順
また、意外と知られていないのが「バッテリーのファームウェア」です。バッテリーにも制御チップが入っており、機体の更新時にバッテリーの更新が求められることがあります。予備バッテリーをたくさん持っている農家の方は、全てのバッテリーを一度機体に挿して、更新チェックを行う必要があります。これを怠ると、現場でバッテリーを交換した瞬間に「更新が必要です」と表示され、作業が中断してしまいます 。
参考)DJI Phantom 4 RTK ファームウェアの更新方法…
さらに、SDカードのエラーも頻発します。P4Rは書き込み速度の速いカードを要求します。農業測量では数百枚〜数千枚の写真を連続撮影するため、書き込みが追いつかないと撮影がスキップされたり、データが破損したりします。「UHS-1 Speed Class 3」以上の規格を持つ、信頼性の高いメーカー(SanDisk Extreme Proなど)のカードを使用することは、マニュアル以上の「鉄則」と言えるでしょう。
最後に、P4Rとセットで運用されることが多い「D-RTK 2 モバイルステーション」について触れておきます。ネットワークRTKが普及している現在でも、D-RTK 2が必要なシーンは存在します。それは「携帯圏外のほ場」と「座標系の統一」です。
日本の公共測量では「JGD2011(日本測地系2011)」という座標系が使われますが、ドローンのGPS(GNSS)は世界標準の「WGS84」で動いています。このズレは数メートルに及ぶことがありますが、D-RTK 2を既知点(座標がわかっている杭など)の上に正確に設置し、その座標値を入力して基地局として機能させることで、最初から補正された正確なデータを取得することが可能になります 。
参考)RTK 写真測量講習プログラム - ドローン測量・スマート農…
しかし、一般的な農家の方がそこまでする必要があるかというと、必ずしもそうではありません。農業で重要なのは「絶対的な地球上の位置」よりも、「前回の飛行と同じルートを飛べるか(再現性)」や「隣の畑との境界を守れるか(相対精度)」であることが多いからです。その場合、D-RTK 2を毎回同じ場所に設置する、あるいは「D-RTK 2を置いた場所をその日の基準(原点)にする」という運用で十分な効果が得られます。
Phantom 4 RTKのマニュアルは分厚く難解な部分もありますが、読み解いていけば「精度の高い地図」という、スマート農業にとって最強の武器を手に入れることができます。まずは「GS RTK」アプリの計画画面を触り倒し、自宅の庭や小さな畑で練習することから始めてみてください。その小さな積み重ねが、広大な農地を管理する大きな力となるはずです。