地方創生の現場で今、最も注目されているキーワードの一つが「関係人口」です。この概念の第一人者である明治大学の小田切徳美教授は、人口減少が加速する日本において、地域と関わる人々の新しい形を提唱し続けています。かつて地域活性化の指標といえば「定住人口」の増加が絶対的な正義でした。しかし、少子高齢化が進む中で、すべての地域が人口を増やすことは現実的に不可能です。そこで登場したのが、「観光以上・移住未満」という新しい関わり方を示す関係人口という考え方です。
小田切徳美氏は、地域外の人々が地域と継続的かつ多様に関わることこそが、農村や地方の持続可能性を高めると説いています。これは単なる観光客(交流人口)とは異なり、地域課題の解決に貢献したり、地域の人々と深い絆を結んだりする人々を指します。私のリサーチによると、この概念は単なる人口論にとどまらず、現代人のライフスタイルや価値観の変化、さらには「幸せ」のあり方にまで踏み込んだ深い哲学を含んでいます。
なぜ今、小田切徳美氏の提唱する関係人口が重要なのか。それは、都市部に住む人々にとっても、地方にとっても、Win-Winの関係を築くための「共通言語」になり得るからです。この記事では、小田切徳美氏の理論をベースに、関係人口の真髄を解き明かし、地方創生の未来と可能性について詳しく解説していきます。
総務省「関係人口ポータルサイト」 - 関係人口の基本的な定義や事例、最新の施策情報が網羅されています。
内閣官房・内閣府「関係人口の創出・拡大」 - 政府が進める地方創生戦略における関係人口の位置づけが理解できます。
関係人口という言葉を耳にしたことはあっても、その正確な定義を理解している人は意外と少ないかもしれません。小田切徳美氏の定義によれば、関係人口とは「特定の地域に継続的に多様な形で関わる人々」のことを指します。ここで重要なのは、「居住」しているかどうかではなく、「関わり(関係性)」の深さと継続性です。
これまで地方自治体が重視してきたのは、以下の2つの人口概念でした。
小田切徳美氏はこの二項対立の間に、広大なグラデーションが存在することに着目しました。従来の「交流人口」は、多くの場合「観光客」と同義で扱われ、消費活動を行う対象として見られがちでした。しかし、現代には「地域に通って農作業を手伝う人」や「都市に住みながら地域の祭りを企画する人」、「ふるさと納税を通じて継続的に地域を応援する人」など、観光客という枠には収まりきらない人々が増えています。これらこそが関係人口です。
私の調査では、小田切徳美氏が特に強調しているのは「関与(Entanglement)」の質です。交流人口が一過性の「点」の関わりであるのに対し、関係人口は継続的な「線」や「面」の関わりを持ちます。地域の人々にとって、関係人口は単なる「お客様」ではなく、地域の課題を共有し、共に未来を作る「パートナー」としての側面を持つのです。このパラダイムシフトこそが、小田切徳美氏が地方創生論にもたらした最大の革新と言えるでしょう。
また、関係人口は「よそ者」と「土の人(地元民)」の境界線を溶かす役割も果たしています。完全に移住することはハードルが高くても、週末だけ、あるいはオンラインでの関わりなら可能という人は数多くいます。こうした多様な関わり方を許容し、可視化した点に、小田切徳美氏の定義の鋭さがあります。
全国町村会「いまなぜ『関係人口』か?」 - 小田切徳美氏本人が、交流人口との違いや新しい概念が必要とされた背景を解説しています。
関係人口を増やすためには、どうすればよいのでしょうか。ここで登場するのが、小田切徳美氏が提唱する「関わりの階段」という有名なフレームワークです。これは、地域への関心や関与の度合いを段階的に示したもので、関係人口の創出プロセスを視覚的に理解するのに非常に役立ちます。
「関わりの階段」は、一般的に以下のようなステップ(階層)で構成されます。
小田切徳美氏が指摘するのは、いきなり最上段の「移住」を目指すことの非効率性とリスクです。多くの自治体が「移住促進」を掲げますが、見ず知らずの土地にいきなり移住する人は極めて稀です。まずは低い階段からスタートし、少しずつ関係性を深めていくプロセス(階層を登る動き)をデザインすることが重要だと説いています。
ここで興味深いのは、すべての人が階段の最上段(移住)まで登る必要はない、という小田切徳美氏の主張です。「関係・参画層」のままで地域に関わり続けることも、立派なゴールの一つです。無理に移住を迫るのではなく、それぞれのライフステージや状況に合わせて、心地よい段に留まってもらう。あるいは、一度階段を降りても、また戻ってこられるような柔軟性を持つこと。それが、持続可能な関係人口の創出につながります。
また、この「階段」には「踊り場」が必要だという議論もあります。ただ登り続けるだけでなく、その段階での活動を楽しみ、地域の人々と交流を深める滞留時間こそが、関係性を強固なものにします。私のリサーチによれば、成功している地域では、この「踊り場」での体験設計(例えば、地域住民との飲み会や、共同作業後の達成感の共有など)が非常に巧みに行われています。
J-Stage「『関係人口』時代における農村の資源管理とメンバーシップ」 - 関わりの階段や、関係人口が農村資源管理にどう寄与するかを学術的に考察しています。
関係人口を受け入れる地域側には、どのような姿勢が求められるのでしょうか。ここでキーワードとなるのが、小田切徳美氏が頻繁に言及する「関わり代(かかわりしろ)」という概念です。「関わり代」とは、文字通り「外部の人が関わることのできる余地」のことを指します。
完璧に整備され、何の問題もなく回っている地域には、外部の人が入り込む隙間がありません。「何かお手伝いしましょうか?」と言っても、「いや、全部自分たちでできるから大丈夫」と断られてしまえば、関係性はそこで途絶えてしまいます。小田切徳美氏は、地域があえて「弱さ」や「困りごと」をさらけ出し、「ここを手伝ってほしい」「あなたの力が必要だ」と発信することの重要性を説いています。
「関わり代」を作ることは、地域の受容力(受け入れ体制)を高めることと同義です。しかし、これは地域住民にとっては勇気のいることでもあります。「恥を見せるようで嫌だ」「よそ者に任せて大丈夫か」という心理的な抵抗があるからです。小田切徳美氏は、こうした抵抗感を乗り越え、外部の人材を「資源」として捉え直すマインドセットの転換が必要だと指摘しています。
例えば、雪下ろしや草刈りといった地域住民にとっては「苦役」でしかない作業が、都市住民にとっては「フィットネス」や「レジャー」として楽しめる「関わり代」になることがあります。このように、文脈を変える(編集する)ことで、地域の課題を価値ある体験に変えることができるのです。私の分析では、「関わり代」の設計が上手な地域ほど、関係人口が定着しやすく、結果として地域課題の解決スピードも速い傾向にあります。
国土交通省「ライフスタイルの多様化と関係人口に関する懇談会 最終とりまとめ」 - 関わり代の具体例や、地域側の受け入れ体制整備についての議論がまとめられています。
「過疎」という言葉には、寂しい、衰退していくといったネガティブなイメージがつきまといます。しかし、小田切徳美氏はこれに対し「にぎやかな過疎」という逆説的で希望に満ちたビジョンを提示しています。これは、定住人口が減少して統計上の「過疎」が進行しても、関係人口が増加し、地域内外の人々の交流が活発に行われることで、地域社会が活気(にぎわい)を維持している状態を指します。
「にぎやかな過疎」の実現は、これからの農村や地方にとっての現実的かつ前向きな目標となります。人口減少そのものを止めることは難しくても、地域の幸福度や活力を維持することは可能です。小田切徳美氏は、関係人口がもたらす以下のような効果が、この状態を作り出す鍵となると考えています。
私がリサーチした事例の中には、住民が数十人しかいない集落でも、週末になると都市部からの関係人口が押し寄せ、祭りの担い手が倍増している地域がありました。これこそが「にぎやかな過疎」の体現です。小田切徳美氏は、数字(人口)という「量」の豊かさから、つながりや幸福感という「質」の豊かさへ、社会の評価軸をシフトさせることの重要性を訴えています。関係人口は、そのための具体的な手段であり、希望の光なのです。
中国経済連合会「関係人口の創出・拡大による地方創生の推進に関する調査研究」 - にぎやかな過疎を実現するための具体的な戦略や、先進事例が詳細に報告されています。
ここまでは一般的な関係人口の議論を追ってきましたが、最後に少し意外な、しかし非常に重要な視点を提供します。それは「主観的幸福感(Subjective Well-being)」と関係人口の相関関係です。小田切徳美氏の研究や周辺の議論を深掘りすると、関係人口は単に地域を助けるための存在ではなく、関わる本人(都市住民)の幸福度を高めるメカニズムとして機能していることが見えてきます。
多くの人は「関係人口=地域貢献」と考えがちです。しかし、実際には「地域に助けられているのは都市住民の方かもしれない」という逆説が成り立ちます。都市生活では味わえない「自然との触れ合い」「感謝される喜び」「役割がある実感」「コミュニティへの所属感」など、人間が本質的に求める欲求が、地域との関わりの中で満たされるからです。
私の独自リサーチによると、関係人口として地域に関与している人は、そうでない人に比べて人生の満足度や幸福感が高い傾向にあるというデータも散見されます。小田切徳美氏も、関係人口を「地方への支援者」としてのみ捉えるのではなく、都市生活者の「生きづらさ」を解消し、自己実現を図るフィールドとして農村を位置づける視点を持っています。
つまり、関係人口の深化は、地方創生という行政課題の解決策であると同時に、個人のウェルビーイングを最大化するライフスタイル戦略でもあるのです。この「互恵性(Reciprocity)」こそが、関係人口を一過性のブームで終わらせず、永続的な社会システムとして定着させるための鍵となるでしょう。小田切徳美氏の思想の根底には、地域と人が共に幸せになる未来への温かい眼差しがあるのです。
経済産業研究所「主観的幸福感と関係人口:ネットワーク分析からのアプローチ」 - 関係人口とウェルビーイングの関係を定量的に分析した興味深い研究論文です。