クロンキスト体系(Cronquist system)は、アメリカの植物学者アーサー・クロンキスト(Arthur Cronquist)によって1980年代に提唱された被子植物の分類体系です。この体系の最大の特徴は、植物の「形態」と「進化の道筋」を論理的に結びつけようとした点にあります。農業や園芸の現場で私たちが植物を見分ける際、花びらの数や葉の形、雄しべの様子などを観察しますが、クロンキスト体系はまさにこうした「目に見える特徴」を重視して構築されています。
この体系の根底には「ストロビロイド説(Strobilar theory)」という進化の仮説があります。これは、被子植物の祖先は、雄しべや雌しべが長い花軸にらせん状に配置された、松ぼっくり(ストロビルス)のような形をしていたと考える説です。クロンキストは、現存する植物の中で「モクレン(Magnolia)」が最も原始的な特徴を残していると考えました。モクレンの花を観察すると、多数の花びら、雄しべ、雌しべがらせん状についており、明確な「がく」と「花弁」の区別が曖昧です。この形態こそが被子植物の出発点であり、そこからより効率的な受粉や種子散布に適した形へと進化したと考えたのです。
クロンキスト体系では、被子植物を「双子葉植物綱(モクレン綱)」と「単子葉植物綱(ユリ綱)」の2つに大きく分け、さらに双子葉植物を6つの亜綱に分類しました。
この「進化のレベル」に応じた階層的な分類は、植物がどのように複雑化していったかを理解する上で非常に優れた物語性を持っています。例えば、花弁がバラバラの「離弁花」から、筒状につながった「合弁花」への進化の流れは、昆虫による受粉の効率化という観点から説明されます。農業従事者が作物の生理生態を理解する際、この「構造の進化」という視点は、植物の環境適応能力を推測する助けとなります。
被子植物の分類体系 - 広島大学デジタル博物館
参考リンク:広島大学による解説で、新エングラー体系、クロンキスト体系、APG体系の3つの違いについて、図解や歴史的背景を交えて学術的に詳しく解説されています。
クロンキスト体系が登場する以前、日本や世界で広く使われていたのが「新エングラー体系」です。農業高校や大学の古い教科書、あるいは年配の指導員の方が使う植物図鑑では、今でもこのエングラー体系がベースになっていることが多く、現場では両者の違いに戸惑う場面も少なくありません。両者の決定的な違いは、「何をもって原始的とするか」という進化の解釈にあります。
新エングラー体系は、ドイツのアドルフ・エングラーによって構築され、後に改良されたものです。この体系では「偽花説(ぎかせつ)」という考え方が採用されていました。これは、ハンノキやブナのように花弁がなく、風で花粉を飛ばす地味な花(風媒花)こそが原始的であり、そこから虫媒花のような華やかな花へと進化したとする説です。裸子植物(マツやイチョウ)も風媒花であるため、そこから連続的に進化したと考えると直感的には分かりやすいものでした。そのため、新エングラー体系の図鑑では、最初のほうにカバノキ科やブナ科、クワ科などが登場します。
一方、クロンキスト体系では前述の通り、モクレンのような「両性花(雄しべと雌しべが揃っている)」で「虫媒花」を原始的とみなします。風媒花のような地味な花は、原始的な状態から「花弁を捨てて特化した(退化した)」進化した姿だと解釈するのです。このコペルニクス的転回により、図鑑の掲載順序が劇的に変わりました。
| 比較項目 | 新エングラー体系 | クロンキスト体系 |
|---|---|---|
| 提唱時期 | 19世紀末〜1960年代改訂 | 1980年代 |
| 原始的とされる花 | 無花被・風媒花(ハンノキ、ブナなど) | 多心皮・虫媒花(モクレンなど) |
| 進化の考え方 | 単純な構造 → 複雑な構造 | 複雑(多数のパーツ) → 単純・整理(特化) |
| 双子葉植物の分類 | 離弁花類と合弁花類に大別 | 6つの亜綱に分類(進化段階を重視) |
| 図鑑での並び順 | ブナ科やクワ科が最初の方にくる | モクレン科が最初、キク科が最後 |
農業の現場で特に混乱しやすいのが「合弁花類」の扱いです。新エングラー体系では、花びらがくっついている植物(ナス科、ウリ科、キク科など)を「合弁花類」としてまとめて後半に配置していました。しかしクロンキスト体系では、合弁花であるかどうかよりも、その他の形態的特徴の組み合わせを重視するため、必ずしも「合弁花=高等(進化している)」という単純な図式にはなりません。とはいえ、大まかな流れとして「キク科が最も進化したグループ」とする点は両者で共通しており、キク科雑草の驚異的な繁殖力や環境適応力の高さは、どちらの体系から見ても「進化の極み」と言えるでしょう。
現在、科学の世界や新しい図鑑で主流となっているのが「APG体系」です。これは1998年に登場し、数年おきに改訂されている最新の分類体系ですが、クロンキスト体系とは根本的にアプローチが異なります。クロンキスト体系が「形(形態)」を見て分類したのに対し、APG体系は「遺伝子(DNAの塩基配列)」を解析して分類します。
「見た目が似ているから親戚だろう」という推測(クロンキスト)に対し、「DNAを調べたら他人の空似だった」と判定する(APG)ようなことが植物界では多々起こりました。これにより、クロンキスト体系で馴染んできた「科」が解体されたり、全く別の場所に統合されたりする事態が発生し、多くの農業関係者や園芸愛好家に衝撃を与えました。
最も有名な例が「ゴマノハグサ科」の解体です。クロンキスト体系では、花の形が左右対称で唇のような形(唇形花)をする植物の多くをゴマノハグサ科やシソ科に分類していました。しかし、APG体系によるDNA解析の結果、従来のゴマノハグサ科は「多系統(起源が異なる寄せ集め)」であることが判明しました。その結果、以下のようにバラバラに再編されました。
また、「ユリ科」も大改革を受けました。クロンキスト体系では、ネギ、アスパラガス、ヒヤシンスなども広義のユリ科に含まれていましたが、APG体系ではこれらが「ヒガンバナ科(ネギ亜科)」や「キジカクシ科(アスパラガスなど)」として独立・移動しました。
農業的な視点で見ると、APG体系の分類は「生理的な特性」や「含有成分」の類似性とリンクすることが多く、非常に合理的です。例えば、アブラナ科の植物が共通して持つ辛味成分(グルコシノレート)や、特定の除草剤への耐性などは、DNAの近縁関係と密接に関わります。しかし、「畑で雑草を見分ける」という視点では、クロンキスト体系のほうが「見た目の特徴」でまとめられているため、直感的に分かりやすいという側面があります。オオイヌノフグリを見て「これはオオバコ(踏みつけに強い雑草)の仲間だ」と直感するのは難しく、旧来通り「ゴマノハグサの仲間(唇形の花)」と覚えるほうが、形態的な識別には役立つのです。
日本植物生理学会 - 植物分類体系の変遷
参考リンク:日本植物生理学会のQ&Aコーナーで、専門家が分類体系の変遷(エングラーからAPGまで)がなぜ起こるのか、その科学的な理由と教育現場での扱いについて回答しています。
農業生産の現場において、分類体系を理解することは単なる知識の蓄積以上の意味を持ちます。輪作計画(連作障害の回避)、接ぎ木の親和性、農薬の適用、雑草防除など、実務のあらゆる場面で「科」の知識が問われるからです。ここでは、クロンキスト体系的な視点とAPG的な視点を使い分ける、実践的な覚え方と活用術を提案します。
1. 接ぎ木と科の親和性(クロンキスト的視点の活用)
接ぎ木は、台木と穂木の形成層が癒合するかどうかが成功の鍵です。一般的に、植物分類上の距離が近いほど親和性は高くなります。ナス科の野菜(トマト、ナス、ピーマン)同士で接ぎ木ができるのはよく知られていますが、ここで重要なのは「茎の構造」や「維管束の配置」などの形態的な類似性です。クロンキスト体系は形態をベースにしているため、接ぎ木の相性を考える際の良い目安になります。例えば、ウリ科のカボチャを台木にしてキュウリやスイカを接ぐ技術は、形態的な組織の強さ(カボチャの強健な根)を利用するものです。
2. 連作障害と「科」の範囲(APG的視点の補強)
連作障害を防ぐために「同じ科の野菜を続けて植えない」というのは鉄則です。しかし、分類体系が変わると「同じ科」の定義が変わります。
3. 雑草防除と除草剤の選択
除草剤の中には、特定の「科」や「グループ」に効く選択性除草剤があります。例えば、イネ科雑草のみを枯らす除草剤や、広葉雑草(双子葉類)に効くホルモン型除草剤などです。
4. 独自の視点:花の構造で覚える「野菜の家族」
農業現場では、厳密な分類学名よりも「花によるグルーピング」が役立ちます。
このように、クロンキスト体系が重視した「花の形態」によるグルーピングは、農家が畑を見回ったときに作物の健康状態や雑草の種類を瞬時に判断するための「視覚的なショートカット」として、現代でも極めて有効なツールなのです。
最後に、クロンキスト体系があまり語られない、しかし興味深い「独自の視点」について触れておきましょう。それは、植物を「静的な分類箱」に入れるのではなく、「動的な進化のプロセス」として捉えようとした情熱です。
クロンキスト体系では、植物の進化を「樹形図」のように枝分かれするイメージで捉えるだけでなく、それぞれの枝がどの程度の高さ(進化レベル)にあるかを意識しました。特に興味深いのは、「多系統からの平行進化」の可能性を完全には否定しきれず、形態的な収斂(しゅうれん)を分類に色濃く反映させた点です。
例えば、砂漠のような乾燥地帯に適応した植物は、科が異なっていても「多肉化」したり「葉をトゲに変えたり」します。これを「収斂進化」と呼びますが、クロンキスト体系の一部では、こうした環境適応による形態の変化を、系統関係の推定に(結果的に)強く反映させてしまった部分があります。これは科学的な厳密さ(DNAによる系統解析)から見れば「誤り」を含んでいることになりますが、見方を変えれば「植物がいかに環境に適応して形を変えてきたか」という生態学的なドラマを分類の中に読み取ることができるとも言えます。
また、クロンキストは、被子植物の起源における「木本(木)から草本(草)へ」という進化の流れを重視しました。モクレンのような木本性の植物から、進化の過程でサイクルを早め、環境変化に素早く対応できる草本性の植物が生まれてきたという考え方です。
農業とは、まさにこの「草本性植物」の利用の歴史です。一年草であるイネ、トウモロコシ、野菜類。これらは植物の進化の歴史の中で、あえて「体を小さくし、世代交代を早くする」という生存戦略を選んだ、最先端の「進化した姿」なのです。私たちが畑で育てている作物が、何億年という進化の末に獲得した「早く育ち、早く実をつける」という特性の上に成り立っていること。クロンキスト体系を通じて植物を見ると、そんな壮大な時間の流れを畑の中で感じることができるかもしれません。
分類体系は、時代とともに「より真実に近いもの」へとアップデートされていきます。しかし、過去の体系が完全に無駄になるわけではありません。クロンキスト体系が残した「形態をじっくり観察し、そこから植物の生き様を読み解く」という姿勢は、AIや遺伝子解析が発達した現代農業においても、観察眼(Observational Skill)を養うための基本として、色褪せることはないのです。