コリスチン(ポリミキシンE)は、陽性荷電と疎水性を併せ持つポリペプチド系抗菌薬で、グラム陰性菌の外膜に強く結合することで抗菌活性を発揮します。日本化学療法学会の指針では、外膜がカルシウム・マグネシウム(Ca・Mg)の架橋で安定化している点に着目し、コリスチンがその架橋を崩す(置換する)ことが作用機序の起点として説明されています。
この「架橋崩壊」は、外膜表面のLPS(リポ多糖)の負電荷と、コリスチンの多価陽イオン性が引き合う“静電的相互作用”として理解すると整理しやすいです。農業・畜産の現場感覚で言えば、外膜という“鎧”を留めている金具(Ca・Mg)を外して、鎧の隙間を作るイメージが近いでしょう。
また、コリスチンは濃度依存的で短時間に強い殺菌作用を示すことが特徴としてまとめられており、低濃度でダラダラ当てるより「効く濃度を適正に当てる」議論と相性がよい薬剤です。ここが逆に、使い方を誤ると耐性化の圧がかかりやすい論点にもつながります。
指針の模式図では、コリスチンが外膜の構造を乱した後に菌体内部へ入り込み、細胞膜の透過性を上昇させ、内容物を漏洩させて細胞死に至る流れが示されています。つまり「外膜に結合して終わり」ではなく、膜障害が連鎖して致死的な損傷へ進むのがポイントです。
この“漏れる”という現象は、栄養やイオン勾配を維持できなくなることを意味し、細菌側からすると生命線が断たれる状態です。だからこそ、コリスチンは一部のグラム陰性菌に対して殺菌的に作用し、逆にグラム陽性菌など外膜構造が前提と合わない相手には基本的に効きません。
なお、近年の研究では、コリスチンがLPSを外膜だけでなく細胞質膜側でも標的にしうることが示され、従来の理解(外膜中心)を補強・更新しています。例えばeLifeの報告では、コリスチンが外膜(OM)と細胞質膜(CM)の両方でLPSを標的として膜破壊を起こし、溶菌・殺菌に至るという整理がされています。
コリスチン耐性の本質は「結合されにくい外膜へ作り替える」方向に寄りがちで、指針でも外膜やLPS変異、特にLPSのLipid A構造修飾による陰性荷電の減少が重要とされています。陰性荷電が減れば、陽性荷電のコリスチンが静電的に吸着しにくくなるため、最初の一歩(外膜への結合)から崩れます。
さらに厄介なのが、プラスミド媒介で広がりうるmcr遺伝子群です。mcr-1を扱った総説では、mcr-1産物がホスホエタノールアミン転移酵素として働き、LPSのLipid Aに修飾を入れてコリスチン親和性を下げることが説明されています。
農業(畜産)に引きつけて言えば、同じ農場・同じ地域内で菌の“耐性設計図”が動き回る可能性がある点がリスクです。コリスチン自体は「最後の切り札」として医療でも位置づけられてきた経緯があるため、現場での抗菌薬管理は“自分の農場だけの問題”では終わりにくい、というのが現実的な論点になります。
検索上位の解説は「膜を壊して殺菌」で止まりがちですが、指針にはもう一段、現場で話題にしやすい論点が含まれています。コリスチン(およびポリミキシンB)はグラム陰性菌のエンドトキシン(LPS)との親和性が高く、LPSに結合して作用を中和しうることが知られている、とまとめられています。
さらに指針では、徐放性に調製されたコリスチン・マイクロスフェアを用いたマウス実験で、敗血症由来エンドトキシンの有意な減少が認められた、という記述もあります。これは「菌を殺す」以外に「毒素(炎症の引き金)を減らす」方向の応用余地を示唆しており、一般的な作用機序解説では見落とされやすい点です。
農業従事者向けに言い換えると、病原体そのものだけでなく、病原体が持つ成分(LPS)が引き起こす炎症の連鎖も重要で、そこに“結合する薬”の視点がある、ということです。ただし、ここは研究段階・臨床応用の議論が絡むため、「だから何にでも効く」と誤解しない注意が必要です。
指針では、コリスチンは濃度依存的に強い短時間殺菌作用を示すこと、そして不適切な使用は耐性菌を惹起しやすい点が明確に意識されています。特にMPC(耐性菌出現阻止濃度)やMSW(耐性菌選択濃度域)といった概念が登場し、「効かせ方」を誤ると耐性が選ばれやすいことが示唆されています。
また、耐性化の抑制や有効性向上の観点から、他系統抗菌薬との併用による相乗効果がin vitro / in vivoで多数報告されていることも指針でまとめられています。現場の判断としては、単剤で引っ張るほど耐性の“学習機会”を与えやすい一方、併用は理屈のうえでは突破口になり得る、という構図です。
ただし農業現場では、医療と違い「検査(感受性、菌種同定、感染か保菌か)」の実施条件が整いにくいケースがあります。だからこそ、獣医師・検査機関と連携して“原因菌の見極め”と“最小限で確実な投与設計”を作ることが、作用機序の理解を実利に変える近道になります。
作用機序(外膜LPSに結合→Ca・Mg架橋崩壊→膜透過性上昇→漏出→細胞死)の一次情報。
日本化学療法学会「コリスチンの適正使用に関する指針―改訂版―」(作用機序の模式図・耐性・併用効果)
行政資料での耐性・作用機序の要点(農業・動物用の文脈に近いスライド)。
農林水産省関連資料「コリスチン耐性について」(作用機序・耐性の概説)
国際論文(外膜だけでなく細胞質膜LPSも標的というアップデート)。
eLife: Colistin kills bacteria by targeting lipopolysaccharide in the outer membrane and cytoplasmic membrane