キシラナーゼのパンへの効果と酵素による生地改良の仕組み

キシラナーゼはパンのボリュームや食感をどう変えるのか?酵素が生地のヘミセルロースに作用し、老化防止や国産小麦の品質向上に貢献するメカニズムを農業・食品製造の視点から解説します。あなたのパン作りは変わる?

キシラナーゼがパンに与える効果

キシラナーゼ導入のメリット
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ボリュームアップ

ガス保持力を高め、ふっくらとした釜伸びを実現します。

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老化防止・ソフト感

水分移動を制御し、時間が経っても柔らかさを維持します。

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国産小麦の改良

扱いにくい小麦粉の機械耐性や吸水性を改善します。

製パン業界において、キシラナーゼは単なる添加物以上の重要な役割を担っています。特に農業従事者や製粉関係者にとって、小麦のポテンシャルを最大限に引き出すこの酵素の働きを理解することは、最終製品の価値を大きく左右します。キシラナーゼは、小麦粉に含まれる非デンプン性多糖類であるヘミセルロース(主にアラビノキシラン)を加水分解する酵素です。この作用により、パン生地の物理的性質が劇的に変化し、最終的なパンの品質向上に寄与します。


具体的には、生地の伸展性を向上させ、ミキシング時の機械耐性を高める効果があります。通常、小麦粉中の不溶性アラビノキシランは水を大量に抱え込み、グルテンの形成を阻害する要因となりますが、キシラナーゼによってこれを適度に分解・可溶化することで、生地中の自由水が増加します。結果としてグルテンネットワークがスムーズに形成され、オーブン内での急激な膨張(オーブンスプリング)を助けるのです。


参考リンク:食品安全委員会による酵素の評価書には、キシラナーゼがパンの品質向上を目的として使用される旨やその安全性が記載されています。


遺伝子組換え食品等評価書 キシラナーゼの概要とパン品質への効果
参考)https://www.fsc.go.jp/iken-bosyu/iken-kekka/kekka.data/pc3_idensi_xylanase_020902.pdf

キシラナーゼによるパン生地の伸展性とボリューム改善

キシラナーゼがパン生地に与える最も視覚的な効果は、焼き上がりのボリューム(比容積)の増大です。これは、酵素が小麦粉中のアラビノキシラン鎖を切断することで、生地の粘度が低下し、より柔軟で伸びのある生地構造が作られることに起因します。


  • グルテンネットワークの強化: 不溶性ペントサン(アラビノキシランなど)は、グルテンタンパク質同士の結合を物理的に邪魔する性質があります。キシラナーゼがこれを分解することで、グルテン繊維がより強固かつ柔軟に結合できるようになります。
  • ガス保持力の向上: 伸展性が増した生地は、発酵中にイーストが生み出す炭酸ガスを効率よく抱え込むことができます。風船のゴムが柔らかく伸びるように、生地膜が薄く伸びても破れにくくなるため、焼成時の膨張ロスが減り、大きなボリュームが得られます。
  • 生地のベタつき解消: 過剰な保水力を持つ不溶性成分が可溶化されることで、生地表面の過度なベタつき(タック)が軽減され、分割や成形時の作業性(機械適性)が向上します。

このメカニズムは、特に強力粉のグルテン質が強すぎて生地が締まりやすい場合や、逆にグルテンが弱くガスが抜けやすい場合の両方において、バランスを調整する「バランサー」として機能します。


参考リンク:特許情報には、キシラナーゼを含むパン改良剤が最終製品の容量を増加させ、生地の機械加工性を改良するという記述があります。


ベーキングにおけるキシラン分解活性を有する酵素のパン生地改良効果
参考)https://patents.google.com/patent/JP2005537806A/ja

キシラナーゼのヘミセルロース分解と老化防止の仕組み

パン製造者が最も頭を悩ませる問題の一つが、焼成後の「老化(ステアリング)」です。時間が経つにつれてパンが硬くなり、パサパサとした食感になる現象ですが、キシラナーゼはこの老化プロセスを遅らせる効果があります。ここでのキーワードはヘミセルロースと水分の移動です。


  1. 水分の再分配: キシラナーゼによって生成された低分子のアラビノキシランやオリゴ糖は、保水性が高い一方で、デンプンとは異なる水分保持能力を持ちます。これらが生地内の水分を適切に保持し、デンプンの再結晶化(老化の主原因)に必要な水分移動を阻害あるいは調整すると考えられています。
  2. クラムのソフト感維持: 分解されたヘミセルロース断片が、デンプン粒子の周りやグルテン網目の中で潤滑剤のような働きをします。これにより、パンの中身(クラム)がしっとりと柔らかい状態を長く保つことができます。
  3. 冷蔵耐性: サンドイッチ用など冷蔵流通するパンにおいては、低温によるデンプンの老化が顕著ですが、キシラナーゼを使用することで冷蔵下でも硬化を抑制するデータが確認されています。

老化防止剤として乳化剤が一般的に使われますが、昨今の「クリーンラベル(添加物低減)」のトレンドにおいて、酵素であるキシラナーゼは焼成段階で失活するため(最終製品に残存しない加工助剤扱いとなる場合が多い)、表示ラベルをシンプルにしたい生産者にとって大きなメリットとなります。


参考リンク:オリエンタル酵母工業の特許情報では、老化やケービング(腰折れ)が抑制される製パン方法としてヘミセルラーゼ(キシラナーゼ)の利用が言及されています。


パン類の品質改良剤および老化抑制に関する技術情報
参考)2025-116379

キシラナーゼと他酵素の併用による生地改良効果

キシラナーゼは単独でも効果を発揮しますが、他の酵素と組み合わせることで、より複雑な生地の課題を解決することができます。農業現場で生産される小麦の品質には年ごとのバラつきがあるため、製粉・製パン段階での微調整に「酵素のカクテル利用」が有効です。


併用する酵素 主な相乗効果 狙い・用途
α-アミラーゼ ボリューム最大化 デンプンを分解して発酵糖を供給しつつ、キシラナーゼで生地を緩めることで、爆発的な釜伸びを実現します。
グルコースオキシダーゼ 生地骨格の強化 酸化作用によりグルテン結合を強める酵素。キシラナーゼで伸展性を出しつつ、これでコシを出すことで、ダレやすい生地を引き締めます。
リパーゼ 乳化剤代替 脂質に作用して天然の界面活性剤様の物質を生成。キシラナーゼと併用することで、キメの細かさとソフト感を相乗的に高めます。

特にグルコースオキシダーゼとの併用は、近年の冷凍生地製法において重要です。冷凍・解凍のダメージで弱ったグルテンをオキシダーゼが補強し、キシラナーゼが硬くなりがちな生地をほぐすという、相反する要素を両立させる技術が確立されています。このように、複数の酵素をパズルのように組み合わせることで、ターゲットとする食感(例えば「もちもち」かつ「歯切れが良い」など)を自在にコントロールすることが可能になります。


参考リンク:天野エンザイム等の技術資料では、グルコースオキシダーゼとキシラナーゼの併用による生地物性の改善効果(粘着性低減、ボリューム改善)が示されています。


グルコースオキシダーゼとキシラナーゼの併用による製パン品質向上データ
参考)【グルコースオキシダーゼ】製パン 品質向上 | 研究開発サイ…

独自視点 キシラナーゼで国産小麦の製パン適性を高める方法

日本の農業において課題となるのが、国産小麦(特に汎用小麦や地粉)の製パン適性です。輸入強力粉に比べてタンパク質含有量が低かったり、グルテンの質が弱かったりする品種が多く、「膨らまない」「重たい食感になる」という悩みが農家や加工業者から聞かれます。ここでキシラナーゼが救世主となり得ます。


多くの国産小麦は、輸入小麦に比べて灰分やペントサン(アラビノキシランなど)の含有量が異なるケースがあります。特に全粒粉や低精白の粉を使う場合、外皮に近い部分に多い不溶性ヘミセルロースがグルテン形成を強く阻害します。


  • 低アミロース小麦との相性: 日本人に好まれる「もちもち感」を持つ低アミロース系小麦(例:ゆめちから等のブレンド)は、デンプンの粘りが強い反面、生地がベタつきやすい欠点があります。キシラナーゼを添加することで、余分な粘りを切り、機械適性を向上させつつ、もちもち感を活かしたふっくらとしたパンに仕上げることが可能です。
  • 「枯れた小麦」の再生: 収穫から時間が経過し、酵素活性が低下した古米ならぬ「古麦」のような状態の粉であっても、外部からキシラナーゼとアミラーゼを補うことで、新麦に近い発酵力と生地伸展性を擬似的に再現できる可能性があります。これはフードロス削減や長期備蓄小麦の活用という観点からも注目すべき技術です。
  • 地産地消パンの品質底上げ: 地元の小麦を使いたいベーカリーにとって、製パン性が安定しないことはリスクです。しかし、キシラナーゼを含む改良剤を適切に設計・使用することで、品種特有のクセ(吸水の不安定さや生地の切れやすさ)を緩和し、プロレベルの品質に安定させることができます。これは「地元の小麦はおいしいけどパンには向かない」という定説を覆す鍵となります。

参考リンク:農研機構の研究報告では、国産小麦品種の製パン性向上に関する育種や改良技術、タンパク質含有量と生地特性の関係について詳述されています。


国産小麦新品種の製パン性と生地改良に関する研究報告
参考)https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/warc_report17-3.pdf

キシラナーゼの安全性と使用上の注意点

最後に、現場で扱う際の安全性と注意点について触れます。キシラナーゼは自然界(カビや細菌、植物そのもの)に広く存在する酵素であり、食品衛生法上も適正に使用される限り安全性に問題はないとされています。しかし、使用にあたっては「酵素の失活」と「アレルゲン性」への理解が必要です。


  • 添加量の厳密な管理: キシラナーゼは非常に強力な酵素です。適量(通常は小麦粉に対して数ppm〜数十ppmレベル)を超えて添加しすぎると、生地の骨格成分を分解しすぎてしまい、ドロドロに溶けたような「過分解生地」になります。こうなるとガスを保持できず、焼成しても潰れてしまいます。特に発酵時間が長い製法では、酵素が作用する時間が長くなるため、添加量を減らすなどの調整が必須です。
  • アレルギー対策: 酵素製剤は粉末状態で吸い込むと、作業者に喘息やアレルギー反応を引き起こすリスクがあります(感作性)。製パン工場や製粉所では、粉立ちを抑えた顆粒タイプの製剤を選定したり、計量時にマスクを着用したりするなどの労働安全衛生上の対策が求められます。
  • 表示義務: 最終製品に残存しない(焼成で失活する)場合、加工助剤として原材料表示を免除されるケースが多いですが、消費者の安心・安全志向に応えるため、あるいはアレルゲン除去の観点(酵素の由来が特定原材料に関連する場合など)から、供給メーカーに詳細な仕様を確認しておくことが推奨されます。

参考リンク:食品安全関係情報には、酵素製剤の感作性(アレルギー誘発リスク)や、製造規範(GMP)に則った使用基準についての記載があります。


酵素製剤の使用基準と安全性・アレルギーに関する情報
参考)食品安全関係情報詳細