農業のカーボンセクエストレーション(炭素貯留)を理解する近道は、「植物が空気中CO2を取り込み、その一部が土壌に残る」流れを具体的にイメージすることです。作物は光合成でCO2由来の炭素を体内に固定し、収穫されない部分(根、刈り株、落葉、残渣など)が土に戻ると、土壌有機物として炭素が土中に入ります。そこから微生物分解でCO2に戻る分がある一方、分解されにくい画分は土壌に蓄積し、これが土壌炭素貯留です。
現場で重要なのは「投入(炭素を入れる)」と「損失(炭素を減らす)」の両方を管理する発想です。深い耕起は有機物分解を加速しうるため、短期的には養分供給で収量に利点が出ても、長期では土壌構造の攪乱や劣化リスクを高め、結果的に炭素が抜ける方向に働くことがあります。
参考)世界の農業分野の脱炭素社会への貢献シリーズ①:農業からのカー…
また、「土壌炭素は測りにくい」という前提を持つと、取り組み設計が現実的になります。土壌炭素量はわずかな距離でも変動し、時間でも変わるため、正確な把握にはサンプル数やコストがかかり、これが普及の壁になりやすいと指摘されています。
参考:土壌炭素貯留の基本(植物→根・残渣→土壌有機物→一部が蓄積)
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20240703
不耕起・最小耕起は、土壌構造の攪乱を抑えて有機物を残しやすくするアプローチとして注目されています。ただし「不耕起なら必ず炭素が増える」という単純な話ではなく、気候や土壌タイプに左右されるため、地域条件に合わせた設計が必要だと整理されています。
カバークロップ(被覆作物)の導入も、土壌に炭素を入れる「投入側」を強くする手段です。北米・欧州の一部(例:ブドウ畑)での普及が言及されており、裸地期間を減らして根量や地上部バイオマスを増やすことで、土壌有機物の材料を増やせます。
実務では、次のような「農地の現象」を先に想定しておくと失敗が減ります。
「できるだけ手間を増やさず、確実性を上げる」なら、まずは既存作型の中でカバークロップを短期導入し、耕起強度を段階的に下げて、土壌の反応(団粒、透水、作柄)を見ながら最適点を探るのが現実的です。
参考:不耕起が万能でない点、カバークロップ、測定の難しさ
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20240703
バイオ炭は、カーボンセクエストレーションを「長期に固定しやすい形」に寄せる代表的な打ち手です。未利用の生物資源(間伐材、竹、剪定枝、もみ殻など)を炭化して施用すると、元のバイオマスなら分解でCO2に戻りやすい炭素を、微生物分解されにくい形(炭)として土壌に長期間閉じ込められると説明されています。
一方で、現場目線では「炭を入れれば終わり」にならないのがポイントです。バイオ炭は土壌の保水性や通気性など土壌改良に役立つ一方、基本的に肥料としての効果はないため、作物の生育を支える施肥設計は別で必要です。
参考)https://www.nri.com/content/900034370.pdf
さらに注意点として、バイオ炭は一般にアルカリ性を示すことがあり、施用量や作物種類によっては生育に悪影響が出る可能性も指摘されています。つまり「炭素貯留の視点」だけでなく、pHや施用量、圃場の緩衝能を見た土壌診断の視点が不可欠です。
導入判断をしやすくするために、チェックリストを置きます(入れ子なし)。
参考:バイオ炭が分解されにくく、土壌に長期貯留できる点/肥料効果ではない点/アルカリ性リスク
https://green-innovation.nedo.go.jp/article/agriculture/
農業のカーボンセクエストレーションを「経営の選択肢」に近づける鍵が、削減・吸収の価値を取引可能にするクレジット制度です。日本では、農林水産省が「みどりの食料システム戦略」を策定し、2050年カーボンニュートラルに向けて吸収源対策の研究開発・社会実装を加速する方針を示しています。
その流れの中で、バイオ炭の活用は「土壌炭素貯留を増やす」技術として位置づけられ、環境への貢献をわかりやすく示して「価値」をつけ、普及を後押しする考え方が述べられています。つまり、単に炭を施用するのではなく、「どれくらい貢献したか」を説明できる形(見える化・証拠)にすることが、クレジット活用や販売価値に直結します。
実務上の落とし穴は、現場作業の工夫よりも「記録の品質」で起きがちです。土壌炭素は測定が難しく、空間・時間変動も大きいので、圃場単位の管理(区画、作付、投入資材、耕起、残渣処理、気象、土壌診断)を、あとから追える形で残すことが重要になります。
クレジット・見える化を見据えた「記録テンプレ」例(そのまま紙でもスプレッドシートでもOK)。
参考:みどりの食料システム戦略(農林水産分野の吸収源対策・社会実装の方向性)
https://green-innovation.nedo.go.jp/article/agriculture/
検索上位の定番は「不耕起・カバークロップ・バイオ炭」になりがちですが、次の一手として面白いのが“土壌に入れる資材”や“農地の設計”を変えて、炭素貯留の別ルートを作る考え方です。具体的には、玄武岩を土壌に投入し、岩石の風化を通じた炭素貯留に関心が高まっていることが言及されています。
もう一つは、農業システムとして樹木を組み込むアグロフォレストリーです。農業由来排出の主要因として森林破壊が挙げられる文脈で、農業システムにおけるアグロフォレストリーが注目されているとされ、農地の中に「長寿命の炭素プール」を持ち込む設計思想として捉えられます。
ここが独自視点のポイントで、土壌炭素だけに寄せると“測定の難しさ”にぶつかりやすい一方、圃場の周縁・防風・畦畔・作業道など「すでに作物で埋まっていない場所」を再設計して、樹木・多年草・資材投入の場に変えると、収量を極端に落とさずに炭素貯留の面積を稼げます。加えて、防風・日射・水分環境が変わると病害虫や乾燥ストレスの出方も変わり得るため、炭素目的だけでなく栽培リスク分散としても検討価値があります。
現場での小さな実験案(大規模投資なしで検証しやすい順)。
参考:玄武岩投入(岩石風化)とアグロフォレストリーの言及、測定の難しさ
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20240703