ゲノミックセレクション(GS)は、形質(例:果実重、糖度のような量的形質)と、ゲノム全体に分布する大量のDNAマーカー情報の関係を「予測モデル(数式)」として作り、そのモデルで新しい個体の形質を推定し、選抜する育種手法です。
ポイントは「表現型を見てから選ぶ」のではなく、「DNA情報を先に見て、植える・残す個体を早期に絞る」点にあります。
現場目線で言い換えると、圃場・温室・作業時間といったボトルネックを、統計モデルで“前工程”に押し戻す発想です。
参考)ゲノミックセレクションのカンキツ育種での有効性
果樹のように樹体が大きく、結実まで時間がかかる作物ほど、この前倒し効果は育種年限に直撃します。
ただし、予測モデルは「一度作れば永久に使える魔法」ではありません。学習に使った集団(参照集団)の遺伝的背景や栽培条件と、これから選抜したい集団がズレるほど精度が落ちやすいので、「どのデータでモデルを作るか」がコスト以上に重要になります。
農業現場では「DNAマーカー選抜」という言い方が先に普及してきましたが、これは一般に“少数の遺伝子で説明しやすい形質”に向く枠組みです。
一方で、果実重やむきやすさのように多数の遺伝子が少しずつ関わる形質(量的形質)は、従来型のDNAマーカー選抜だけでは扱いにくい問題がありました。
農研機構・東京大学などの研究では、カンキツでゲノミックセレクションを使うことで、果実重、果皮の色、果皮のむきやすさ、果肉の色、じょうのう膜のやわらかさ等を芽生え段階で精度よく予測できたことが示されています。
この「芽生え段階で、果実形質を当てに行く」発想が、GSが“育種の時間軸”を変えると言われる理由です。
もう一つ実務的に大事なのは、GSが「特定遺伝子を持つ/持たない」を見るだけでなく、“総合点(遺伝的な見込み)”で個体を並べ替える技術だという点です。
つまり、病害抵抗性のような単純な合否判定だけでなく、「収量も品質も作業性も…」という複合目標に近づく入口になります。
果樹育種では、圃場に植え付けられる本数が限られ、果実評価まで年数が必要です。
さらに、目的とする特性を満たす個体が“だいたい5000個体に1個体程度”という厳しい前提があり、評価個体数を増やしたくても物理的に増やしにくい構造があります。
ここでGSを入れる意義は、「結実を待つ前に、DNAから有望個体を選び、圃場には有望株だけを植える」という設計に切り替えられることです。
結果として、同じ圃場面積でも“実質的に試せる交雑個体数”を増やせる、という整理になります。
意外に見落とされがちなのは、GSは「新品種候補の選抜」だけでなく、「親の選び方」にも効いてくる点です。
果樹は世代交代が遅いので、親の段階でミスると数年単位で取り返しがつかないため、親選抜・交配設計にGS情報を織り込む価値が大きくなります。
参考:カンキツで、芽生え段階から果実形質を高精度に予測できた研究背景・意義がまとまっています(予測対象形質、従来法の限界、育種の加速化の考え方)。
農研機構プレスリリース:芽生え段階でカンキツの果実特性を高精度に予測(ゲノミックセレクション)
自殖性作物(例:大豆)にGSを当てる場合、現場的な難所は「交配作業の手間」と「ゲノム解析の低コスト化・省力化」の同時達成です。
特に大豆は花が小さく人工交配が大変で、交配数を物量で増やす戦略が取りにくい、という制約が明確に指摘されています。
そこで農研機構の研究成果では、交配後代の形質値をシミュレーションで予測し、“改良幅が大きい交配組み合わせ”だけに絞ってからGSを行い、交配数や特性評価の回数を抑える考え方が示されています。
これは「GS=選抜の高速化」だけでなく、「交配設計そのものを節約する」方向へ踏み込んでいるのがポイントです。
現場に落とすなら、次のような判断軸になります。
参考:自殖性作物で、交配組み合わせの選定を先に行い、交配数や評価回数を抑えながらGSを回す発想が整理されています。
農研機構:最適な交配組み合わせを見つけゲノム選抜を行う自殖性作物の量的形質の改良方法
検索上位の解説は「GSとは」「精度が高い」までで止まりやすい一方、現場導入で効いてくるのは“予測モデルをどう更新するか”です。
なぜなら、育種が進むほど集団の遺伝子頻度は変わり、栽培環境(気象・土壌・管理)も毎年揺れるため、古いモデルほど「当たりにくい条件」に寄っていくからです。
更新の考え方は難しく聞こえますが、現場の作業に置き換えると「どの世代・どの圃場・どの年のデータを、次の学習に足すか」というデータ管理の話になります。
特に、果樹のように評価が遅い作物では、数年遅れで回収される表現型データを“ただ保存する”のではなく、“モデル更新に使える形で揃える”ことが投資回収の鍵になります。
ここで意外に効くのが、育種圃場の記録の標準化です。
GSは“DNA解析の新技術”に見えますが、実装段階では「記録の品質管理」が成否を左右する、というのが現場寄りの結論です。