幻覚剤と医療用途の可能性と規制

幻覚剤は危険な薬物として知られていますが、近年医療分野での治療効果が注目されています。うつ病やPTSDへの効果や脳のメカニズム、法規制との関係はどうなっているのでしょうか?

幻覚剤の医療用途と治療効果

幻覚剤の医療応用の概要
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精神疾患治療への応用

うつ病、PTSD、不安障害などの治療に効果を示す研究が進展中

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主な対象物質

シロシビン、MDMA、LSD、ケタミンなどの幻覚剤が研究対象

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臨床試験の進展

米国FDAが画期的治療薬として指定し、承認プロセスを加速

幻覚剤のうつ病治療への応用研究


シロシビンやLSDなどの幻覚剤が、難治性うつ病に対して即効かつ持続的な治療効果を示すことが複数の臨床試験で明らかになっています。従来の抗うつ薬であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、効果が現れるまでに数週間を要し、長期服用による治療抵抗性が問題となっていました。これに対し、シロシビンはわずか1~2回の投与で、数ヶ月にわたる抗うつ効果を発揮することが確認されています。


参考)幻覚剤はうつ病とPTSDの次の治療薬となるか

米国のMind Medicine社が開発したLSDを精製した医薬品「MM120」の臨床試験では、全般性不安障害に苦しむ患者198人を対象に実施され、たった1回の服用で約3ヶ月間にわたって不安症状が改善することが判明しました。この結果を受けて、米国食品医薬品局(FDA)はMM120に「ブレークスルーセラピー指定」を与え、開発と承認審査が優先的に進められることになっています。


参考)https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2509/16/news030.html

名城大学の研究チームによるシロシビンの抗うつ作用メカニズムの詳細な解説

幻覚剤によるPTSD治療の最前線

MDMA(3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン)は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療において特に有望な結果を示しています。米国の非営利団体「幻覚剤学際研究学会(MAPS)」による大規模臨床試験の予備結果では、MDMAを2~3回服用することにより、PTSDの症状が軽くなることが確認されました。


参考)現実味を帯びる「幻覚剤療法」、専門家の育成急務 米国 - 日…

MDMAは脳内のセロトニン、ドーパミン、ノルエピネフリンの放出を促進し、またオキシトシン、バソプレシン、コルチゾールなどのホルモン分泌も促進することから、高揚感、多幸感、親近感、共感などの効果をもたらすとされています。2018年には米国FDAより画期的治療薬に指定され、承認に向けた取り組みが進められています。


参考)女性の健康と幻覚剤。医療用途でのMDMA/シロシビン使用など…

MAPSの支援により、PTSDや末期がん患者の心理的な不安症状に対してMDMAの投与研究が行われ、良好な結果が得られています。2003年にはシロシビンを群発頭痛に治療投与する研究や、強迫性障害の患者に対して良好な結果が得られた研究も報告されています。


参考)幻覚剤 - Wikipedia

幻覚剤の脳内作用メカニズム

シロシビンやLSDなどのセロトニン作動性幻覚剤は、大脳皮質におけるセロトニン5-HT2A受容体を刺激することで作用を発揮します。名城大学の衣斐大祐准教授らの研究チームは、セロトニン5-HT2A受容体に着目し、シロシビンの抗うつ作用のメカニズム解明に挑んでいます。


参考)幻覚剤の、抗うつ薬としてのメカニズムと可能性を探る

興味深いことに、同じ受容体でも脳の部位によって異なる作用を示すことが判明しました。大脳皮質のセロトニン5-HT2A受容体を取り除いたマウスでは幻覚が起きず、抗うつ作用を発揮しました。一方、大脳皮質下のセロトニン5-HT2A受容体を取り除いたマウスでは、幻覚が起き、抗うつ作用は出ないという結果が得られています。


参考)【名城大学】幻覚剤の、抗うつ薬としてのメカニズムと可能性を探…

インペリアル・カレッジ・ロンドンのロビン・カーハート=ハリス教授らの研究チームは、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて、シロシビンやLSDがDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)の活動を劇的に抑制することを示しました。これは、脳が「自己についての固定的な物語」を一時停止する状態であり、従来の固定観念から解放されることで治療効果が得られると考えられています。


参考)LSDで”うつ病”が治る──いま欧米が注目する「意識の医療化…

名城大学による幻覚作用と抗うつ作用の発現メカニズムの研究紹介

幻覚剤治療の副作用とリスク管理

幻覚剤を医療用途に使用する場合、副作用とリスク管理が重要な課題となります。MM120の臨床試験では、主に投与当日に限定された副作用として、視覚の変化(幻視や錯覚)、吐き気、頭痛などが報告されましたが、いずれも軽度から中等度で一過性のものでした。

MDMAの場合、吐き気、筋肉のけいれん、無意識の歯ぎしり、視力障害、悪寒、発汗などの健康上の影響があります。MDMAの効果は3~6時間持続しますが、使用後一週間程度のうちに易怒性、衝動性および攻撃性、抑うつ状態、睡眠障害、不安症状、記憶および注意力の障害などの症状が現れることがあります。


参考)薬物乱用防止「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ

LSDを乱用すると、幻覚、幻聴などの強烈な幻覚作用が現れ、特に幻視作用が強く、ほんのわずかな量だけで物の形が変形、巨大化して見えたり、色とりどりの光が見えたりする状態が8~12時間続きます。また、乱用を続けると、長期にわたって精神分裂などの精神障害を来すこともあります。


参考)乱用されている薬物 - 愛知県警察

医療用途での使用においては、専門医の監督下で適切な用量管理と心理的サポートを行うことが不可欠とされています。


参考)BLA Regulatory

幻覚剤に関する法規制と日本の現状

日本では幻覚剤は厳しく規制されており、LSD、MDMA、シロシビンなどは「麻薬及び向精神薬取締法(麻薬取締法)」により明確に「麻薬」として指定されています。所持・使用・譲渡・輸入などの行為はすべて犯罪行為にあたり、わずか一回の使用や少量の所持であっても、逮捕・起訴・実刑となるリスクが高くなっています。


参考)LSDで逮捕されたらどうなる?刑罰・流れ・弁護士対応を詳しく…

麻薬中毒治療のために麻薬を使用することは法律上禁じられており、メサドンだけが例外として認められています。このため、海外で進展している幻覚剤を用いた精神疾患治療の研究は、日本国内では実施が困難な状況にあります。


参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscpt1970/5/2/5_2_149/_pdf/-char/en

一方、米国ではFDAが幻覚剤を含む治療法の承認を検討しており、既にケタミンのR体を用いた治療抵抗性うつ病の臨床試験が進められています。オレゴン州では幻覚剤を使用した治療が認められるなど、州レベルでの規制緩和も進んでいます。しかし、2024年にはFDAの諮問委員会がMDMAを用いた治療の承認に対して「ノー」を表明するなど、医療用途での使用には依然として高い障壁が存在しています。


参考)ピーター・ティール出資のサイケデリック企業、FDA承認で臨床…

厚生労働省による薬物乱用防止に関する情報




見てしまう人びと 幻覚の脳科学