フラジェリンは、細菌の鞭毛フィラメントを作る主要な構造タンパク質で、宿主側の免疫系にとっては「細菌の存在を示す目印」になりやすい分子です。
哺乳類ではTLR5がフラジェリンを認識するToll様受容体として位置づけられ、フラジェリン刺激を免疫活性化のスイッチとして利用できることが示されています。
同じフラジェリンでも、受容体が“どの領域”を見ているかが重要で、後述する植物のflg22(FLS2)と、動物のTLR5では検出する領域が異なる点が混乱の原因になりがちです。
農業従事者の視点で大事なのは、「TLR5=人や動物の免疫」の話が、資材・微生物・作業者の衛生や家畜分野では関係し得る一方、「作物の免疫」を直接語るときの主役は別(FLS2など)だという整理です。
参考)植物における免疫誘導と病原微生物の感染戦略 : ライフサイエ…
つまり“フラジェリン tlr5”という検索語は、①動物免疫の基礎(TLR5)と、②植物免疫の基礎(flg22/FLS2)という2つの文脈が同居しやすいキーワードだと捉えると、情報の取捨選択が速くなります。
植物側でよく研究されているのは、細菌フラジェリンのN末端近傍に保存された22アミノ酸のペプチド「flg22」で、これを植物の受容体型キナーゼFLS2が検出して免疫応答(PTI)を誘導します。
FLS2はflg22を検知すると、BAK1などの相互作用因子と複合体を作り、シグナルが数分以内に立ち上がると説明されています。
この「短時間で立ち上がる免疫」は、現場で言うところの“効かせるタイミングがズレると意味が薄い”タイプの反応で、散布や施用の設計を雑にすると結果がぶれやすい領域です。
一方で、動物のTLR5もフラジェリンを検出しますが、植物のflg22とは異なるフラジェリン領域を検出することが明らかになっています。
この差は実務上かなり大きく、「フラジェリンが免疫を上げる」という雑な理解のまま“植物にもTLR5みたいなものがあるはず”と結論を急ぐと、資材の説明や論文解釈でミスが起きます。
整理のコツは、作物の免疫の話では“TLR5”を主語にしないで、“FLS2がflg22を検出する”から書き始めることです。
植物は抗体を作る獲得免疫を持たない一方で、細胞膜上のパターン認識受容体(PRR)が病原体由来分子(PAMP)を検出して、防御応答を誘導する仕組みがあり、これが植物免疫(PTI)の中核です。
PTIの観点では、フラジェリン(の一部であるflg22)やキチンなどが代表的なPAMPとして扱われ、短時間でMAPキナーゼ活性化などにつながることが述べられています。
重要なのは「PTIが立てば全部の病害が止まる」ではなく、病原微生物側がエフェクターで免疫を抑えに来る“攻防”が前提という点で、病害が出る圃場はだいたいこの攻防が病原体側に傾いています。
意外と見落とされがちなのは、病原体がPRR(例:FLS2やCERK1)そのもの、あるいはPRR下流のキナーゼ群(RLCKなど)を狙って免疫を抑える戦略が具体例つきで整理されていることです。
現場の言葉に直すと、「免疫を“刺激する資材”を入れても、病原体が免疫の配線を切ってくるタイプだと効きが頭打ちになる」可能性がある、という話になります。
だからこそ、フラジェリン由来の刺激を“万能薬”として扱うより、輪作・抵抗性品種・環境制御と組み合わせて、免疫の負担を減らしたうえで上積みとして使う発想が現実的です。
フラジェリンは免疫系を活性化し得る分子として、研究用試薬としても「TLR5を介した免疫活性化に有用」と説明されることがあります。
ただし農業で問題になるのは、“免疫刺激”が作物の生育にとってコスト(資源配分)になり得る点で、刺激を強く・頻回にすると、期待した病害抑制より先に生育や品質のブレとして現れることがあり得ます(免疫はタダでは動かない)。
そのため、資材や微生物施用を検討するときは、最初から「どの病害ステージで、何を減らしたいのか(初期侵入・拡大・再発)」を決め、評価指標も発病度だけでなく草勢・着果・糖度などをセットで追うのが安全です。
また、植物で“フラジェリン”を語るなら、実体はフラジェリンそのものというより、flg22のような部分ペプチドがエリシターとして知られている、という整理が適切です。
参考)エリシター作用を有するフラジェリンの部分ペプチド
圃場では「何を入れたか」以上に、「温度・湿度・窒素過多・過繁茂・根域ストレス」といった免疫を下げる条件をどれだけ潰せたかが効き目に直結するため、資材導入前に環境側のボトルネックを洗い出すのが近道です。
(日本語の参考リンク:植物免疫(PTI/ETI)、FLS2とflg22、BAK1、エフェクターによる免疫抑制まで一通り俯瞰できる)
植物における免疫誘導と病原微生物の感染戦略(領域融合レビュー)
検索上位の解説は分子機構(受容体、MAPキナーゼ、エフェクター)に寄りやすい一方で、現場では「単一刺激」より「圃場の微生物相・作型・混植設計」が結果を左右することが多いのが実感としてあります。
ここでの独自視点は、フラジェリン(やflg22)を“スイッチ”として理解するだけでなく、「圃場内でスイッチが何度も入る状態」をどう作るか(あるいは作らないか)を設計対象にする、という考え方です。
たとえば、ある時期だけ葉面が高湿になり、細菌が優占しやすい条件が発生すると、作物側の免疫刺激が断続的に起こり得ますが、その状態は病害抑制にも生育ロスにも転び得るため、“刺激の総量”を圃場環境で管理する発想が重要になります。
この観点だと、資材の導入判断は「有効成分の有無」だけでは不十分で、①発病しやすい環境がどれだけ出るか、②その環境で微生物相がどう偏るか、③偏りが病原性側に寄るのか、拮抗側に寄るのか、という順に評価すると、失敗確率を下げられます。
フラジェリン tlr5というワードで得た“免疫の基礎”は、最終的に「圃場で免疫が無駄撃ちにならない設計」に翻訳できたときに価値が出ます。
(論文リンク例:植物の免疫機構(FLS2/flg22、BAK1、MAPKなど)を体系的にたどれる定番レビューとして引用に使いやすい)
Kawasaki T. (2013) Plant immunity and inhibitory mechanism of host immunity by pathogens.