フォトモルフォジェネシス(光形態形成)は、植物が光を「エネルギー」として使う光合成とは別に、光を「情報(信号)」として使い、形や生育ステージを切り替える現象です。光が信号として働く場合、光合成ほど強い光が不要なケースもあり、少ない光量でも反応が出ることがあるため、補光や夜間光の扱いが難しくなります。
この信号の受け取り役が光受容体で、代表が赤色光・遠赤色光を感じるフィトクロムです。フィトクロムは赤色光で活性化し、遠赤色光で不活性化する性質を持ち、赤/遠赤色光の「可逆性」があるため、植物は赤と遠赤の比率から周囲環境を読み取れます。実際、太陽光には赤色光だけでなく遠赤色光も多く含まれ、周囲の葉で赤が吸収されると相対的に遠赤が増えるため、植物は「陰(競合)が近い」と判断しやすくなります。
農業現場の感覚で言い換えると、同じPPFDでも「遠赤が多い環境」は、植物にとって“混み合ってきた合図”になりやすい、ということです。ここが「明るさは十分のはずなのに、草丈が伸びる/葉が立つ/花が早まる(あるいはズレる)」といった現象の入口になります。
また、フィトクロムは花芽形成や発芽、芽生えの脱黄化(暗所で伸びた芽生えが葉を開き光合成モードへ移る)など、多くの場面に関わります。つまり、補光で赤や遠赤をいじることは、単なる成長促進ではなく「生育プログラムのスイッチ」を触る行為になり得ます。
補光設計でまず押さえるべき要点は、作物の“今の課題”が、光合成の不足(エネルギー不足)なのか、光形態形成の誤作動(信号の誤読)なのかを切り分けることです。前者はPPFDやDLI(積算光量)を疑い、後者はR/FRや日長・照射タイミングを疑う、という順番にすると事故が減ります。
「肥料を増やしても草姿が締まらない」「温度を下げても徒長が止まらない」タイプの悩みは、光質側(フィトクロム経由)の可能性が残りやすいので、光環境のスペクトルとR/FRを疑う価値があります。
参考リンク(フィトクロムの赤色光/遠赤色光可逆性、陰での光質変化の考え方がまとまっています)
日本植物生理学会:植物が光を感じる仕組み
赤色光(おおむね600~700nm)と遠赤色光(700~800nm)は、光形態形成に関与する重要帯域で、特に茎や葉の伸長の出方がR/FR比(赤と遠赤の光子束比)に影響されます。R/FR比が大きい(赤が相対的に多い)と草丈が小さくなる傾向があり、逆にR/FR比が小さい(遠赤が相対的に多い)と伸長反応が出やすくなります。
この「比」で効いてくる点が厄介で、PPFDを上げても、スペクトルの比率次第で草姿が緩む方向に誘導されることがあります。つまり“光を強くしたのに徒長する”は、現象として矛盾ではありません。
実務上、R/FRの話は「徒長を止めるため遠赤を切る/赤を増やす」だけで終わりがちですが、注意点もあります。
遠赤は単純に悪者ではなく、栽培目的によっては「節間を少し伸ばして風通しを確保する」「葉の重なりをほどいて受光態勢を変える」など、管理上のメリットになる場合もあります(やりすぎればもちろん品質や倒伏リスクに跳ねます)。ここは作物×作型×目標規格で最適点が変わるため、極端な設定に振り切らず、段階的に調整して反応を見るのが安全です。
また、光形態形成は“信号”なので、照射時間や照射タイミングの影響が大きくなりやすい点も重要です。たとえば日没後の補光や夜間の漏れ光は、PPFDとしては弱くても形態形成に効いてしまう可能性があり、開花や出穂のタイミングに影響する場合があります。照明設計の資料でも、光は光合成(エネルギー)だけでなく光形態形成(信号)として作用する、と整理されています。
現場での運用ヒント(段階的な調整の例)
参考リンク(光合成と光形態形成の整理、R/FR比と草高の関係例が載っています)
Panasonic 照明設計サポート:光放射の作用(植物生育・R/FR比)
青色光は、赤・遠赤とは別系統の光受容体で扱われ、代表的な受容体の一つがフォトトロピンです。青色光だけで起きやすい反応の代表は光屈性(光の方向へ曲がる)で、これはフィトクロムとは別の青色光受容体が担う、と説明されています。
農業的には、青色光は「草姿の締まり」「葉の開き方」「光に対する姿勢(配光に対する反応)」に絡むため、赤主体のLEDで生育量を稼いだのに“形が崩れる”とき、青の不足が疑われることがあります。
ただし、青色光=締まる、で単純化すると危険です。青を足すと確かに徒長を抑えやすい方向に働くケースはありますが、同時に光合成・蒸散・葉温・気孔挙動などの周辺要素も動き、環境制御(温湿度・CO2・風)との組み合わせで結果が変わります。
ここで大事なのは、青色光を“形態形成の信号”としてだけでなく、栽培環境の制御変数の一つとして扱うことです。特に施設栽培では、光質を変えると蒸散が変わり、結果として養分吸収やカルシウム移行などに波及することがあるため、葉先枯れや生理障害の出方も合わせて見ます。
現場のチェックポイント(青色光をいじる前に)
参考リンク(青色光受容体フォトトロピンの位置づけが簡潔です)
日本植物生理学会:植物が光を感じる仕組み(青色光受容体の説明)
施設栽培の議論ではPPFD(光合成光量子束密度)がよく出てきますが、PPFDは基本的に「400~700nmの範囲の光の量」を表し、光合成の評価に使われます。一方、光形態形成は「信号」として働くため、PPFDが同じでも、遠赤などPAR外の光や、スペクトルの偏りによって形が変わることがあります。照明設計の資料でも、光放射が植物に作用する側面は、光合成(エネルギー)と光形態形成(信号)の2つに大別できる、と整理されています。
ここを分けて考えると、トラブル対応が早くなります。例えば、葉色が薄く同化量不足が疑わしいなら、まずPPFDや日積算光量(DLI)を見直すのが筋です。逆に、同化量は足りていそうなのに草姿が乱れる、開花や抽苔のタイミングがずれる、日長反応が変、というときは「PPFDを上げる」以外の手段(R/FR、日長、照射タイミング、夜間漏れ光対策)を疑う価値が上がります。
“意外に効く”現場あるあるとして、照明の更新や増設でPPFDは改善したのに、作物の形が変わって品質が落ちるケースがあります。これは新しい光源のスペクトル(特に遠赤の含有や、青の比率、UVの有無)や、点灯スケジュールの変化が形態形成側を揺らした可能性があります。特に、近紫外(300~380nm)が色素発現に影響して着色不良につながる場合がある、という整理もあり、光源の“出ていない帯域”が品質に効くことがあります。
実装のコツ(測る→仮説→小さく試す)
参考リンク(光合成PARの考え方、光形態形成に関わる波長帯、PPF/PPFDの基礎がまとまっています)
Panasonic 照明設計サポート:光放射の作用(PAR・PPF・光形態形成)
検索上位の解説は、光受容体やLED波長の話で終わりがちですが、現場で見落とされやすいのが「光源そのものを変えなくても、資材や配置でスペクトルの見え方が変わる」点です。植物は、葉で赤が吸収されると相対的に遠赤が増えるようなスペクトル変化を手掛かりに、周囲に植物がいる(陰になっている)ことを察知し、茎を伸ばすなどの対抗策をとる、と説明されています。
この理屈を逆に使うと、“光源の波長”だけでなく、“群落構造(葉の重なり)や反射・透過”がR/FRの体感を決め、結果として徒長や花芽形成に影響し得ます。
たとえば同じ照明でも、密植で葉が重なると、群落内部の光質は自然に「赤が減って遠赤が相対的に多い状態」に寄りやすくなります。つまり、LEDのスペック表だけ見て「遠赤は少ないから大丈夫」と判断しても、群落内部の“見かけのR/FR”は別物になり得ます。
この視点は、栽培管理のレバーを増やします。光質調整を照明機材の変更だけに頼らず、密度・仕立て・反射資材・遮光資材・通路幅などで群落の光環境を整え、フィトクロムが受け取る信号を間接的に変える、というアプローチが取れます。設備投資が難しい現場ほど、この“資材と管理での光質調整”は効きます。
実務で使える「資材×光質」チェックリスト
この独自視点のメリットは、照明条件を大きく変えずに検証できることです。光源側を動かすと要因が多くなりますが、まずは群落構造・反射・遮光といった管理要素で、植物が感じる光環境を整え、それでも不足が残る場合にLED波長やR/FRを詰めると、失敗コストが下がります。
「照明で解決」だけに寄せず、光の“通り道”を整える発想を持つと、フォトモルフォジェネシスを現場で再現性高く扱いやすくなります。
参考リンク(陰で赤が減り遠赤が相対的に増える、という基本ロジックが図解つきで説明されています)
日本植物生理学会:植物が光を感じる仕組み(陰とスペクトルの説明)