フェネチルイソチオシアネート(Phenethyl isothiocyanate)は、わさび類に含まれるイソチオシアネートの一種として研究で扱われ、特定の菌に対して低い濃度で殺菌活性(MBC)が示された報告があります。特に、H. pylori(ピロリ菌)を対象とした試験では、複数のイソチオシアネートを並べて比較し、フェネチルイソチオシアネートがアリルイソチオシアネートより強い殺菌活性を示す数値が掲載されています。具体的には、フェネチルイソチオシアネートのMBCが0.13〜0.17 mg(dry weight/ml)というレンジで示され、同表内のアリル体より小さい値(=強い活性側)として整理されています。
農業従事者目線で重要なのは、「フェネチルイソチオシアネートが強い」だけで終わらせず、どの工程でそれが効きやすいかを切り分けることです。上記の試験は“抽出物や標準物質を用いたin vitro(試験管内)評価”であり、圃場での病害抑制をそのまま保証する性質のものではありません。それでも、わさびが伝統的に“生食の衛生”とセットで語られてきた背景に、イソチオシアネートの抗菌性が科学的に裏打ちされていることは、加工・流通・直販での説明材料になり得ます。
現場での活用イメージを、過度に誇張せずに整理すると次の通りです。
わさびは根茎が主役になりがちですが、研究では根・茎・葉を分けて抽出し、菌に対する活性差を評価しています。H. pyloriに対する評価では、葉の抽出物が最も強い殺菌活性を示した(最小殺菌濃度が低い)一方で、アリルイソチオシアネート量は根が最も多い、という“量と効きが一致しない”結果が示されています。つまり、わさびの抗菌性はアリルイソチオシアネート単独では説明しきれず、フェネチルイソチオシアネートなど「他のイソチオシアネート」や「それ以外の成分」が関与する可能性が示唆されています。
このズレは、農業現場ではむしろチャンスです。なぜなら「根茎の等級が低い」「葉が規格外で出る」といった時でも、用途を“成分の観点”で組み直せる可能性があるからです。もちろん、食品として扱うなら安全性・法規・表示の整理が前提ですが、少なくとも研究ベースでは「葉も含めた部位活用を再評価する余地」があります。
部位活用を考える際のチェック観点を挙げます。
イソチオシアネート類は一般に揮発しやすく、反応性が高い(=環境条件で変化しやすい)ため、畑で良いものを作っても、加工・保存・流通で“成分が抜ける”リスクがあります。実務的には「香りが飛ぶ」「ツンとこない」が最も分かりやすいサインですが、その背後には揮発や分解、他成分との反応が絡みます。
この性質はデメリットだけではありません。揮発性があるということは、密閉・包装・温度管理・すりおろし直後の扱いで、体感品質(香気)を大きく改善できる、つまり“演出の余地が大きい”ということでもあります。農業従事者が関われる範囲としては、収穫から出荷までの時間設計、低温管理、加工場での一次加工の標準化などが、成分の残存(=香りの強さ)に直結しやすい領域です。
「成分を活かす」ための現場メモ(一般論としての運用観点)
意外性があり、しかも農業・食品の文脈で説明しやすいのが「ピロリ菌に対する検討がある」という点です。わさびの根・茎・葉を用いた試験では、複数のH. pylori株に対して、部位別抽出物の最小殺菌濃度が提示され、葉が強い活性を示す結果が示されています。また、同研究では標準物質として複数のイソチオシアネートが用いられ、フェネチルイソチオシアネートのMBCが小さい(=活性が強い)値として表で比較されています。
ここでのポイントは、「わさび=アリルイソチオシアネート一択」という説明から一歩進めて、“複数成分の組み合わせ(部位差も含む)”として語れることです。直販や観光農園、契約栽培など「ストーリーが価値になる販路」では、根茎だけでなく葉も含めて、研究知見をベースにした説明が可能になります。
ただし注意点もあります。これは医療用途を示すものではなく、食品素材の研究として「in vitroでこういう結果がある」という範囲に留め、健康効果の断定・治療効果の表現は避けるべきです(表示・広告規制に抵触し得るため)。その代わりに、「わさびの衛生・香気・機能性研究は蓄積がある」「成分の種類によって活性が異なる」という“正確な言い方”で信頼を積み上げる方が、長期的に強い売り方になります。
研究の一次情報(どの部分の参考か:部位別の活性、イソチオシアネート比較、フェネチルイソチオシアネートのMBC表)
Bactericidal activity of wasabi (Wasabia japonica) against Helicobacter pylori(PDF)
検索上位の解説は「成分とは」「抗菌とは」といった一般説明に寄りがちですが、農業従事者にとって差が出るのは“収穫後の設計”です。フェネチルイソチオシアネートを含むイソチオシアネート類は、組織が壊れて初めて生成・放出の流れに入るため、「いつ壊すか」「壊した後にどう守るか」で価値が決まります。つまり、栽培技術だけでなく、選別・洗浄・カット・すりおろし・包装・温度帯・提供タイミングが“成分マネジメント”の主戦場になります。
独自視点として提案できるのは、「香気を品質指標として数値化する」発想です。例えば、加工現場では“官能(香りの強さ)”が属人的になりがちですが、同一ロットでも温度履歴や包装形態で香気が変わります。そこで、簡易な官能評価(出荷時の香りスコア)を記録して、クレーム率やリピート率と突き合わせると、結果的に“成分が残る運用”に寄せやすくなります。成分分析まで行かなくても、現場で回る指標から入るのが現実的です。
運用に落とすための具体アイデア(入れ子なし)
この考え方は、フェネチルイソチオシアネートを“特別な健康成分”として煽るのではなく、わさびの価値(香り・辛味・衛生感)を、科学的背景と現場運用で底上げする設計です。研究が示す「成分ごとに活性が違う」「部位で効きが違う」という事実は、最終的に“どう扱うと良さが残るか”という農業・流通の腕前に接続してこそ、売上や評価に変わっていきます。