ファルネソイドと植物作用とジャスモン酸

ファルネソイドと植物作用の関係を、揮発性シグナルやジャスモン酸、防御応答の流れで農業現場向けに整理します。病害虫やストレス対策にどう活かせるのでしょうか?

ファルネソイドと植物作用

この記事でわかること
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「ファルネソイド」の扱い方

FXRのような動物側の用語と、植物のファルネソール等のセスキテルペン系の話を混同しない整理をします。

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植物の防御応答のスイッチ

傷害→グルタミン酸→Ca²⁺シグナル→ジャスモン酸→抵抗性、という高速な全身情報伝達の要点を押さえます。

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圃場での判断に落とす

「何を増やす・減らす」より、シグナルを乱さない管理(温度・乾燥・傷の作り方)へ落とし込みます。

ファルネソイド植物作用の定義と混同ポイント

農業の文脈で「ファルネソイド」を検索すると、実は話題が二股に分かれやすい点が最初の落とし穴です。ひとつは動物(ヒト)で胆汁酸などをリガンドにして働く核内受容体「ファルネソイドX受容体(FXR)」の領域で、これは植物の生理作用そのものを説明する概念ではありません(検索結果に混ざりやすい)という注意が必要です。もうひとつが、植物の精油成分にも含まれる「ファルネソール(farnesol)」のようなセスキテルペン系(テルペノイド)で、こちらは“植物が作る揮発性成分・微生物との相互作用・化学生態”と相性が良い話題になります(植物由来精油成分として言及)。
現場向けには、まず「狙いワードの“ファルネソイド”が、FXR(動物側)を指すのか、ファルネソール等(植物精油・揮発性)を指すのか」を文章の冒頭で宣言し、記事全体の用語体系を固定するのが安全です。この記事では、植物の防御やストレス応答に繋がる“シグナル分子としての低分子(揮発性も含む)”という観点から、「ファルネソール等のテルペノイド系」と「植物体内の情報伝達(Ca²⁺やジャスモン酸)」を中心に整理します。


さらに、検索上位の一般記事では「香り成分=害虫忌避」だけで短くまとめられがちですが、実務では“効いたり効かなかったりする理由”を説明できないと、作業が続きません。そこで、香り成分そのものの毒性・忌避性だけでなく、「植物が自分で防御を立ち上げる仕組み」を先に押さえ、その上で“ファルネソイド(広義の関連物質)をどう位置付けるか”へ進めます。


ファルネソイド植物作用とジャスモン酸の関係

植物が虫害や物理的な傷を受けると、傷を受けていない遠くの葉でも防御が立ち上がることが知られており、その中心にジャスモン酸(JA)がある、というのが基本線です。ここで重要なのは、JAが「ゆっくり全身に回るホルモン」ではなく、「傷の情報が到達した直後から合成が始まる」タイプの応答だという点で、植物は“情報”を高速で飛ばしてから、各部位でJAを作って守りを固めます(傷害後、遠方の葉でジャスモン酸蓄積が開始)。
この高速情報伝達の鍵として、Ca²⁺シグナル(細胞内カルシウム濃度変化)の長距離伝播が可視化され、維管束(師部)を中心に約1,000 µm/s(約1 mm/s)で伝わることが示されています。さらに、このCa²⁺シグナルが到達した葉では、ジャスモン酸の蓄積や抵抗性遺伝子発現がすぐに始まり、抵抗性が上がることが報告されています(速度、JA蓄積・抵抗性遺伝子発現)。


参考)Andrographis paniculataからのフィトケ…

ここに「ファルネソイド(=テルペノイド系)」をどう結び付けるかというと、現場で役立つのは“直接の一対一の因果(ファルネソールがJAを増やす等)”を無理に断定するより、①植物は傷害を受けたときに高速シグナルで全身防御を起動する、②その起動後に揮発性物質(テルペノイドを含むVOC)が出入りして近傍個体にも影響しうる、という二段構えで理解することです。つまり「ファルネソイド系の揮発性成分」は、植物が作る“防御の外側の言語(空気中の情報)”として扱うと、栽培管理の会話に落とし込みやすくなります(揮発性シグナルで防御応答が誘導される)。


参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9157098/

ファルネソイド植物作用とCa²⁺シグナルの全身性

傷害シグナルの“発火装置”として面白いのが、グルタミン酸(Glu)が植物で「痛みを伝える物質のように働く」可能性が示された点です。葉が傷つくと傷害部位で細胞外のGlu濃度が即座に上がり、それを受け取るグルタミン酸受容体(GLR)が働くことでCa²⁺シグナルが発生し、師管などを通って全身に伝わる、というモデルが提唱されています(Glu流出→GLR→Ca²⁺→全身伝播)。
この仕組みは農業上、単なる学術ネタではなく、「強い防除資材を入れなくても、植物が本来もつ抵抗性を“立ち上げる順序”がある」ことを意味します。例えば、作業傷(摘葉・芽かき・誘引・収穫時の擦れ)や虫の食害が起点になり、局所の問題が“全身の防御モード”に影響するため、同じ圃場でも作業のタイミング・気温・乾燥の程度で、その後の反応が変わり得ます(傷害情報がCa²⁺で伝わり、到達葉でJA合成が開始)。

そして、ここが「ファルネソイド植物作用」の記事で“意外性”を出せるポイントです。香り成分や揮発性成分の議論に入る前に、まず植物体内には「グルタミン酸→受容体→Ca²⁺→ジャスモン酸」という、動物の神経伝達を連想させる高速回路がある、と提示すると、読者の理解が一段深くなります(植物に神経がなくても師管で情報伝達し、Gluが関与)。

ファルネソイド植物作用と揮発性シグナル

植物は、隣の植物が出す揮発性有機化合物(VOC)を感知して、防御応答を誘導またはプライミング(備えを作る)することがあります。たとえばモデル植物で、揮発性物質への曝露によって防御特性が誘導され、遺伝子発現の制御(ヒストン修飾を伴うエピジェネティックな仕組み)に関わる可能性が示されています(揮発性シグナル→防御、エピジェネティック制御)。
ここでテルペノイド(セスキテルペン等)の位置づけが効いてきます。ファルネソールはセスキテルペンの一種で、芳香族植物の精油中に存在するとされ、植物由来の精油成分として抗菌性が語られる場面もあります(植物由来精油成分としての言及)。ただし、圃場で「ファルネソールを散布すれば防御が上がる」と直線的に捉えると失敗しやすく、現実には揮発・分解・濃度勾配・葉面の状態・ハウス換気などで“届き方”が大きく変わります。


参考)https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-19K23657/19K23657seika.pdf

そのため実務的には、次のように設計思想を変えるのが無難です。


・狙うのは“強い殺虫・殺菌”ではなく、「防御応答が立ち上がりやすい環境」と「シグナルが伝わりやすい株状態」を作る。


・VOC系の考え方は、単剤で完結させず、栽培管理(換気、潅水、整枝、混植、天敵、被覆)とセットで扱う。


・香気成分は“匂いがする=効く”ではなく、濃度と曝露時間の積で作用が変わる(強すぎれば逆効果も起こり得る)と疑う。


ファルネソイド植物作用の独自視点

検索上位の解説で見落とされがちなのは、「防御を上げる」こと自体がコストであり、植物は生長と防御のバランスを常に取っている、という現場感覚です。防御応答(特にJA系)は、状況によっては生長や収量側とトレードオフになり得るため、“いつでも強くONにする”発想は危険で、目的は「被害が出る前に、必要な分だけ立ち上げる」ことになります(傷害後に抵抗性が上がる仕組みがあること自体が、防御ON/OFFの存在を示す)。
そこで独自視点としておすすめしたいのが、「ファルネソイド=物質名」から少し離れ、“シグナル設計”として圃場を点検するチェックリスト化です。例えば、同じ防除体系でも被害が偏る圃場では、(1) 乾燥・高温で傷口が増える、(2) 作業導線で擦れが多い、(3) ハウス内の空気が停滞してVOCが局所に滞留する、(4) 株間が詰まって微小環境が過湿、など「シグナルが過剰・過少になる条件」が潜んでいることがあります(傷害が防御シグナルを起動するため、傷や環境は“入力”になり得る)。

さらに、グルタミン酸を外部から与えると傷を付けずにCa²⁺シグナルを伝播させられた、という知見は、“将来的に”病害虫を殺すのではなく植物の全身性防御を制御する資材開発の方向性を示します(Glu投与でCa²⁺シグナルが伝播し、抵抗性遺伝子発現が起こる可能性)。つまり「ファルネソイド植物作用」を深掘りするほど、単発の成分勝負より、植物がもともと持つ情報処理(高速シグナル→ホルモン→防御)を“乱さない栽培”が勝ち筋になりやすい、という結論に寄っていきます。

参考:植物の傷害情報がグルタミン酸→Ca²⁺シグナル→ジャスモン酸へ繋がる仕組み(モデルと農薬応用の示唆)
埼玉大学:うま味が痛みを伝えている!?-植物が傷つけられたことを感じ、全身へ伝える仕組みを解明-
参考:傷害時に師部を通る長距離・高速Ca²⁺シグナルが起こり、到達葉でジャスモン酸蓄積と抵抗性遺伝子発現が開始する(速度やモデルの要点)
化学と生物:植物が傷つけられたことを感じて,全身に情報を伝える仕組み