ディルドリンは、過去に殺虫剤として使われた有機塩素系の化学物質で、現在の農業現場では「使っていないのに検出される」タイプの代表格です。
環境省の初期評価資料では、ディルドリンは水に溶けにくく(「水溶性:溶けない」)、蒸気圧が低く、n-オクタノール/水分配係数(logKowに相当)が高い(5.61)と整理されています。
この「溶けにくい・揮発しにくい・脂に寄りやすい」という性格が、土壌に居座り、そして生物側に蓄積しやすい理由になります。
さらに重要なのが分解性で、同資料では好気条件でも難分解で、BODから算出した分解度が0%(試験期間2.5週間)というデータが示されています。
参考)https://www.env.go.jp/chemi/report/h14-05/chap01/03/21.pdf
「微生物がいる普通の土でもすぐには減らない」性質は、畑の履歴(過去の防除、周辺環境、資材持ち込み)を強く反映することを意味します。
加えて生物濃縮係数(BCF)が数千~1万超という記載があり、食物連鎖や家畜・魚介類を含めた広い視点での管理が必要な物質として位置づけられています。
ディルドリンは日本で1954年に農薬登録され、その後1971年に土壌残留性農薬に指定され、使用範囲が樹木害虫などに限定された経緯が示されています。
同じ資料では、1973年8月7日に農薬登録が失効したと書かれており、制度上も「農業用途としては過去のもの」です。
にもかかわらず、現場課題として残り続けるのは、ディルドリンが土壌へ分配しやすく(環境中分布の予測で土壌が98.4%とされる)、しかも難分解であるためです。
また環境省資料では、農薬としての輸入量が1958~1972年に683t、用途が変化してシロアリ駆除剤用途なども含め1980年までに358tが輸入されたという数字も示されています。
農地だけでなく、住宅・木材・周辺土壌を介した環境由来の持ち込み(建材処理、過去の防虫加工など)を考えないと、説明できない検出事例が出てきます。
つまり「自分の圃場で散布していない」ことと「圃場で検出されない」ことは、別問題になり得ます。
環境省の評価では、ディルドリンは土壌に強く分配し、一般環境の暴露評価でも、食物経由が経口暴露の大半を占める推計になっています。
このことは、農業従事者の実務に置き換えると「土が元で、作物が拾う」可能性が最初に疑われる構図です。
さらに同資料の環境中存在状況として、全国調査の土壌で不検出(検出率0/94)だった一方、食物では検出率が37/45とされ、媒体によって“見え方”が変わる点も示唆されています。
現場でやりがちなのが、「土壌で出ない=問題なし」と短絡する判断です。
ディルドリンのように“局所に残りやすい”物質は、圃場内のホットスポット(昔の薬剤保管場所、畦畔際、ハウス周り、古い資材置き場)で濃度差が出ます。
土壌採取の位置・深さ・点数の設計が弱いと、検出の有無が運任せになり、原因究明が長引きます。
また、ディルドリンは水に溶けにくく有機物相に寄りやすいので、表層土の有機物や細粒分に偏って残りやすい前提で現場設計を組むと合理的です。
作物側の話としては、「どの作物が拾いやすいか」は土壌条件・根域・作型・生育期間などに左右されるため、作物名だけで断定しない方が安全です。
とはいえ、検出が出た場合は“作物の問題”というより“圃場(または搬入土・堆肥等)の問題”として扱うのが、再発防止につながります。
ディルドリンは「今さら使えない農薬」ですが、分析の世界では今も標準品として流通し、残留分析や環境分析の対象に含まれます。
農業現場の実務としては、①作物の出荷前チェック、②土壌診断(履歴確認とセット)、③問題が出た場合の周辺環境調査、の3段階でモニタリングの目的が変わります。
最初から全部やるのはコストが重いので、疑いの濃淡をつけるために、まずは「圃場の過去履歴」と「資材の来歴(搬入土、堆肥、木材チップ等)」を聞き取りで固めるのが近道です。
分析の設計では、土壌は“混ぜ方”が結果を大きく左右します。
ホットスポットが疑われる場合、圃場全体の平均化(混合試料)だけでなく、疑い点を狙った個別採取も併用しないと、原因場所の特定ができません。
作物側で検出が出たときは、同一圃場でもロット差が出るため、採取日時・部位・ロット構成を記録しておくと、後の説明(取引先、検査機関、行政相談)に耐える資料になります。
必要に応じて、過去の知見を深掘りするための論文リンク(農研機構の成果物PDF)も参照できます。
作物残留の実態・要因の章立て(「土壌残留特性」「作物残留実態」)があり、現場の仮説立てに役立つ:ドリン剤を含む土壌施用農薬の土壌残留特性の解明および作物への…(PDF)
参考)https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010752862.pdf
ディルドリン対策は「土を入れ替える」などの大工事に寄りがちですが、実際には“検出の再発を止める管理”を先に固める方が失敗しにくいです。
独自視点として有効なのが、圃場外からの微量持ち込みを疑う運用設計で、具体的には「搬入資材の受け入れ基準」と「保管場所の固定化」をルール化することです。
ディルドリンは土壌に98.4%分配する予測が示されているため、持ち込まれた土や粉じんが“地面に落ちた時点で長期在庫化する”と考えると、資材導線の設計がそのまま予防策になります。
次に、圃場の“疑いポイント”を見える化して、そこを避ける作付けや作業動線に変えるのも効きます。
例えば、昔の倉庫跡・資材置き場・ハウス際・畦畔際は、歴史的に薬剤や処理木材の影響を受けやすいので、検査をするならそこを最優先にし、問題があれば非食用作物への転換や緑地化などの判断材料にします。
「出荷物に出さない」だけでなく「土壌に在庫を増やさない」ための現場ルールに落とし込むと、長期的なリスクとコストを同時に下げられます。
権威性のある日本語の参考リンク(ディルドリンの性状・規制経緯・暴露評価・毒性評価の根拠が体系的にまとまっている)。
基礎データ(融点、蒸気圧、logKow、水溶性)、難分解・高濃縮、農薬登録から失効、暴露量推定、健康・生態リスクの評価:環境省 化学物質の環境リスク初期評価:ディルドリン(PDF)