バイオ・フミゲーションは、アブラナ科植物などを輪作・すき込みすることで、その後作の土壌病害虫が抑制される現象、またはその技術を指します。特に日本の現場では「カラシナ等をすき込み、散水して透明フィルムで被覆・密閉し、土壌を還元状態に寄せる」運用が広く紹介されています。
この方法の強みは、化学農薬に頼りにくい体系(有機・減農薬)でも土壌病害に手が打てる点です。慣行で行われる土壌くん蒸や熱水土壌消毒の代替・補完として整理されることが多く、導入の目的は「連作で蓄積した土壌病害の密度を下げ、次作の立ち上がりを安定させる」ことにあります。
仕組みは大きく2段構えで考えると理解が速いです。
ここで重要なのは、「カラシナを入れた」だけでは終わらないことです。散水と被覆・密閉をセットにして、ガス(揮発成分)を逃がさず、なおかつ土壌を還元側に寄せることで効果が上がる、と整理すると現場判断がしやすくなります。
カラシナを使う理由は、土壌に混和された後に“効く成分”が出るからです。技術資料では、カラシナ茎葉を切断してすき込むと、カラシ油配糖体(グルコシノレート)の一種であるシニグリンが分解し、殺菌作用を持つアリルイソチオシアネート(AITC)が生成されると説明されています。
そのため、品種はAITC含有量が多い「黄からし菜」を使う、という運用指針がはっきり示されています。播種量の目安は0.5g/㎡程度で、5月末~6月初旬に播き、約45日栽培して開花期にすき込む流れが典型です。
実務では「いつ、どの状態で鋤き込むか」が品質に直結します。開花期に合わせるのは、草丈が伸びてバイオマス(投入量)が稼げ、かつ初夏~盛夏で地温が上がりやすく、揮発成分や還元化が進みやすいからです。すき込み量は5kg/㎡以上が望ましい、とされており、ここが少ないと“入れたのに効かない”になりがちです。
作業者の安全面も見落とせません。カラシナを細かくしすぎると、鋤き込み作業中にAITCが揮発しやすく、目や鼻への刺激が強くなるため、ハンマーナイフモアで細かくしすぎるのは避けた方がよい、と具体的に注意されています。刺激臭が強い=効いている、ではなく、畑の外に逃がしている可能性もあるので、「適度に切断し、すぐ混和して被覆へ」が現場の要点になります。
実践手順は、成功している事例ほど“型”が決まっています。代表的な流れは次の通りです。
- カラシナ播種(5月末~6月初旬)→約45日栽培→開花期に鋤き込み
- 茎葉を刈り払い機などで30~50cm程度に切断してから、できるだけ深く鋤き込み
- 散水チューブを敷設し、透明フィルムで被覆・周縁を押さえる
- 飽和するまで散水し、ハウスを閉め切って約3週間放置
- 被覆除去後、約1週間おいてから浅く整地して播種(深く耕さない)
散水は「土壌が飽和するまで」が強調されており、目安の散水量は100~150L/㎡とされています。平坦地は散水チューブ間隔50cm、傾斜がある場合は25cm程度に詰める、といった設計値も示されており、散水ムラ対策が最重要ポイントだと分かります。
被覆材は透明フィルムが基本で、破れがなければ使い古しでもよい、とされています。周縁の押さえが甘いと外気が入り、還元化が進みにくいだけでなく、せっかく発生したガスも抜けやすくなるため、直管パイプやポリダクト(水枕)などで確実に密閉します。
途中確認の“現場サイン”として使えるのが臭気です。被覆して数日~1週間後にフィルムをめくったとき、ドブ臭がすれば還元状態になった判断材料になる、とされています。ただし臭いだけに頼らず、可能ならpFメーター等で水分、あるいは酸化還元電位の測定で状態を見える化すると、再現性が上がります。
効果が分かりやすい対象として、ホウレンソウ萎凋(いちょう)病の事例がよく引用されます。カラシナ茎葉をすき込んで散水・被覆することで土壌中の病原菌を殺菌する環境にやさしい消毒方法が示されており、多発圃場でも発病を無処理と比べて90%抑制し、収量が約3倍望める、という成果情報が出ています。
この「多発圃場で効く」という一文は現場的に価値が大きく、連作で土壌病害が積み上がってしまった圃場ほど、試す意義がはっきりします。
一方で、効果の持続性は“永遠ではない”点も重要です。技術資料では、カラシナ鋤き込み後は年内に2作程度は萎凋病が少ない状態で作れるが、翌年は徐々に病原菌が復活し、2作目終了時には無処理の半分程度の密度に戻る、という見立ても示されています。つまり、単発の必殺技ではなく、輪作・衛生・資材投入などの体系の中で位置づけるべき技術です。
また、病害だけでなく副次的に雑草抑制効果があることも触れられています。ただし万能ではなく、雑草種や多発条件によって効きにくい例も示されているため、「萎凋病対策の主目的+副産物として雑草抑制が出たらラッキー」くらいの期待値が安全です。
独自視点として強調したいのは、「バイオ・フミゲーションは“消毒”であると同時に、“工程管理の技術”でもある」という点です。現場で失敗が起きるのは、資材が悪いよりも、散水量・散水ムラ・被覆の密閉度・処理期間・処理後の耕起深など、工程のどこかが崩れたケースが多いからです。たとえば処理後に深く耕してしまうと、消毒が届かなかった深層土が表層に混ざり、効果を自分で薄めることになります(資料でも播種前整地は浅く、と明確に注意されています)。
コスト面では、10a当たり約4.2万円という試算が示されており、内訳には種子代・散水チューブ等の材料費・動力費・労働費が含まれます。作業時間の目安は10a当たり約20時間で、播種や鋤き込みは1名でもできるが、散水チューブ設置とフィルム被覆は最低2名必要、という“人手の山”も明記されています。ここを見誤ると、繁忙期に工程が雑になり、結局効かなかった、になりやすいです。
もう一つの意外な管理ポイントは「傾斜圃場」の水管理です。傾斜があると散水した水が土壌表面やフィルム裏面に沿って流れやすく、散水速度を落とす、チューブ間隔を詰める、点滴チューブや水圧補正チューブで補正する、といった対策が必要になります。平坦な試験圃場の“成功手順”をそのまま持ち込むと、傾斜地では再現性が落ちるのはこのためです。
最後に、導入判断の簡易チェックを置いておきます。
これらが揃うと、バイオ・フミゲーションは「資材勝負」ではなく「段取り勝負」で成果が出しやすい技術になります。
カラシナすき込み技術の目的・特徴(AITC、手順、効果の数値がまとまる)
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/project/genba/pdf/140212.pdf
有機栽培でのバイオフューミゲーション実践手順(散水量、被覆期間、失敗事例、コスト試算)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/narc_man_yuuki04.pdf