食品の製造や加工、販売を行う農業従事者にとって、アレルギー表示は消費者の命に関わる極めて重要な責務です。かつては厚生労働省が所管していましたが、現在は消費者庁の「食品表示法」に基づきルールが運用されています。しかし、アレルギー物質の選定や調査研究においては、依然として厚生労働省の知見や過去のデータが基礎となっています。ここでは、最新の法改正に基づいた「特定原材料」と「特定原材料に準ずるもの」の分類について、詳細に解説します。
アレルギー表示には、法令で表示が義務付けられている「特定原材料」と、表示が推奨されている「特定原材料に準ずるもの」の2種類が存在します。この区分は、アレルギーの発症数や重篤度(アナフィラキシーショックの有無など)に基づいて決定されています。
以下の表は、2025年4月時点での最新リストです。ご自身の生産・加工品に含まれていないか、今一度確認してください。
| 区分 | 品目数 | 対象品目(詳細) | 備考 |
|---|---|---|---|
| 特定原材料(表示義務) | 8品目 | えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生(ピーナッツ) | 「くるみ」は2025年3月末まで経過措置期間、4月より完全義務化 |
| 特定原材料に準ずるもの(表示推奨) | 20品目 | アーモンド、あわび、いか、いくら、オレンジ、カシューナッツ、キウイフルーツ、牛肉、ごま、さけ、さば、大豆、鶏肉、バナナ、豚肉、マカダミアナッツ、もも、やまいも、りんご、ゼラチン | 「マカダミアナッツ」追加「まつたけ」削除 |
特に注意が必要なのは、「推奨」から「義務」への格上げです。推奨品目であっても、将来的に義務化される可能性があるため、農産加工品を作る際は、推奨品目についても可能な限り表示を行うことがリスク管理として重要です。例えば、過去には「えび・かに」が表示推奨でしたが、重篤な症状を引き起こすことから義務化された経緯があります。
消費者庁:食物アレルギー表示に関する情報(最新の品目一覧やパンフレットが確認できます)
また、表示の方法には「個別表示」と「一括表示」があります。原則は、原材料ごとにアレルゲンを記載する「個別表示」です。
近年の食生活の変化に伴い、ナッツ類のアレルギー発症数が急増しています。これを受け、厚生労働省および消費者庁は食品表示基準を改正し、アレルギー物質一覧に大きな変更を加えました。特に影響が大きいのが「くるみ」の義務化と、「マカダミアナッツ」の追加、「まつたけ」の削除です。それぞれの変更点の詳細と、農業従事者が対応すべきスケジュールについて深掘りします。
「くるみ」はこれまで推奨表示品目でしたが、木の実類のアレルギー症例数が急増し、アナフィラキシーショックなどの重篤な症状を引き起こすケースが多く報告されたため、特定原材料(義務表示)へと格上げされました。
経過措置期間とは、「古いパッケージ資材を使い切るための猶予期間」ですが、2025年4月1日以降に製造・加工・輸入される食品については、必ず「くるみ」の表示が必要になります。直売所で販売しているパウンドケーキやクッキーなどにくるみを使用している場合、ラベルの修正はお済みでしょうか?4月1日以降、表示漏れの商品は回収命令の対象となり、食品表示法違反として罰則が科される可能性があります。
2024年3月の改正により、推奨表示品目(特定原材料に準ずるもの)にも動きがありました。
「まつたけ」がリストから消えたことは、きのこ農家や秋の味覚を取り扱う直売所にとっては朗報かもしれませんが、逆に「マカダミアナッツ」を使用する菓子類を製造している場合は、新たに表示項目に追加する必要があります。推奨表示であるため法的な罰則は直ちにはありませんが、消費者の安全を守るため、そして「食の安全に配慮した農家」としての信頼を得るために、速やかに表示を切り替えることを強く推奨します。
BMLフード・サイエンス:アレルギー推奨表示対象品目の見直しについて(マカダミアナッツ追加の詳細)
このように、アレルギー物質の指定は固定されたものではなく、時代の変化とともに「追加」や「削除」が行われます。一度作ったラベルを何年も使い回すのではなく、最低でも年に一度は最新のルールを確認する習慣をつけることが大切です。
農家が運営に関わることの多い「農産物直売所」や「道の駅」では、アレルギー表示の不備が散見されます。特に、自家製の加工品(6次産業化商品)においては、大手メーカーのような品質管理部門がないため、個人の知識に依存してしまいがちです。ここでは、直売所特有のリスクと、厚生労働省および消費者庁のガイドラインに基づいた正しい表示の実践方法について解説します。
まず大前提として、野菜や果物そのもの(生鮮食品)には、アレルギー表示の義務はありません。
この境界線を見落としがちです。「乾燥させただけ」「塩で揉んだだけ」であっても、食品表示法上は「加工食品」に分類される可能性が高く、その場合はアレルギー表示が必須となります。
食品表示法の原則として、「その場で量り売りをする対面販売」や「注文を受けてから詰める場合」は表示が免除されることがあります(例:ケーキ屋さんのショーケース)。しかし、直売所の多くは、あらかじめパック詰めや袋詰めされた状態で陳列されています。これは「容器包装された加工食品」とみなされ、すべての表示義務(名称、原材料名、アレルゲン、期限、保存方法、製造者など)が発生します。
「近所の人しか買わないから」という甘えは通用しません。万が一、アレルギーを持つ旅行者が購入し、発症事故が起きた場合、製造者である農家個人の責任が問われます。
富山県:直売活動での食品表示のポイント(直売所向けの具体的で分かりやすいPDF資料)
直売所全体の信頼を守るためにも、出荷組合などで勉強会を開き、ラベルの相互チェックを行う仕組み作りが効果的です。
農業生産の現場や小規模な加工場において、最も管理が難しく、かつ事故のリスクが高いのが「コンタミネーション(意図せぬ混入)」です。厚生労働省時代から続くガイドラインでは、このコンタミネーションに対する注意喚起表示のルールが定められています。特に、複数の作物を扱う農家や、共同加工場を利用する場合の対策について詳述します。
原材料としては使用していないにもかかわらず、製造過程でアレルギー物質が微量に混入してしまうことを指します。
以前は「入っている場合があります」という逃げの表示(可能性表示)が多く見られましたが、現在のガイドラインでは、安易な可能性表示は推奨されていません。消費者の選択肢を不当に狭めてしまうからです。
原則として、以下のステップを踏むことが求められます。
共同加工場を利用する場合、前の利用者が何を作ったかを確認することは自衛のためにも必須です。もし前の利用者が「くるみ」を使っていた場合、徹底的な洗浄を行わなければ、あなたの作った商品にくるみアレルギーの成分が混入し、回収騒ぎになる恐れがあります。
厚生労働省:アレルギー物質を含む食品に関する表示Q&A(コンタミネーションに関する詳細な回答)
コンタミネーション対策は「掃除」ではなく「異物混入防止工程」です。プロの食品製造者としての意識を持ち、清掃手順をマニュアル化することが、あなた自身と消費者を守る盾となります。
最後に、検索上位の記事にはあまり詳しく書かれていない、独自視点の情報をお伝えします。それは「カシューナッツ」の義務化に向けた動きと、アレルギー物質選定の裏側にある調査の実態です。これを知ることで、将来の法改正を先読みし、余裕を持った対応が可能になります。
2025年以降の大きなトピックとして、「カシューナッツ」の特定原材料(義務表示)への追加が検討されています。消費者庁の調査によると、木の実類のアレルギーの中で、くるみに次いで症例数が多いのがカシューナッツです。
一部の報道や専門家の間では、2025年度中にも食品表示基準が改正され、カシューナッツが義務化される可能性が高いと予測されています。
もしカシューナッツを使ったペーストや焼き菓子を製造している場合、ラベルの版を作り直すコストが発生します。「くるみ」の対応だけで安心せず、カシューナッツも今のうちから「義務化される前提」で、目立つように表示しておく、あるいは原材料として使用を続けるか検討する等の準備をしておくのが賢明な経営判断です。
日本経済新聞:アレルギー表示義務、カシューナッツを追加へ(2025年度中の動きに関する報道)
アレルギー物質の入れ替えは、適当に行われているわけではありません。全国の病院から数千件規模のアレルギー症例(即時型)を集計し、以下の基準で科学的に判断されています。
「まつたけ」が削除されたのは、高級食材であり日常的に食べる機会が減ったこと、そして重篤なショック事例がほとんど報告されなくなったというデータに基づいています。逆に言えば、今はリストにない新しい果物や野菜(例:トロピカルフルーツなど)も、農家が栽培しブームになれば、数年後にはアレルギー指定を受ける可能性があるということです。
農業は食の供給源です。「自分が作っている作物が、誰かのアレルゲンになるかもしれない」という意識を常に持ち、行政の発表する「実態調査報告書」に時折目を通すことは、プロの農業従事者としての資質を高めることにつながります。法改正をただの「面倒な手続き」と捉えず、消費者の安全を守るための「品質保証」と捉え直すことが、これからの農業経営には不可欠です。