農業用ドローンを導入する最大のメリットは、熟練したパイロットでなくとも均一で正確な農薬散布が可能になる「自動航行」機能にあります。しかし、多くのユーザーは機体の性能を十分に引き出せていないのが現状です。適切な設定を行うことで、作業時間は大幅に短縮され、散布ムラによる病害虫の発生リスクも低減できます。ここでは、主要なメーカー(DJIやマゼックスなど)の機種に共通する重要な設定項目と、現場で直面するトラブルを防ぐための具体的な手順を深掘りしていきます。
自動航行の基礎となるのは、正確な「ルート作成」です。これには主に、専用の「アプリ」を使用します。DJIの「DJI Agras」アプリやマゼックスの専用アプリなど、インターフェースは異なりますが、基本的な考え方は共通しています。まず、圃場の境界を特定するための「測量」作業が必要になります。
測量の方法には大きく分けて3つのパターンがあります。
参考)各社の農業ドローンの散布モードについて!
ルート作成時には、「マージン(余白)」の設定が重要です。圃場の境界ギリギリまで散布すると、隣接する作物へのドリフト(飛散)リスクが高まります。通常は境界から1.5m〜2m程度内側を飛行ルートの端に設定します。また、アプリ画面では「枕地(まくらじ)散布」の有無も選択できます。枕地とは、ドローンがターンするために必要なスペースのことで、この部分を最後にまとめて散布する設定にすることで、ターン中の散布ムラを防ぎ、全体として均一な防除が可能になります。
参考)産業用ドローンの自動航行編集が大幅アップデート!設定方法を解…
参考リンク:DJI AGRASなどの産業用ドローンにおける自動航行ルート作成の詳細な手順解説
さらに、変形地や飛び地がある場合の対応も重要です。最新のアプリでは、複数の多角形を組み合わせたルート作成や、散布禁止エリア(障害物エリア)をルート内部に設定する「アイランド設定」が可能です。これにより、圃場の中にある電柱や樹木を自動的に避けて散布するルートが生成されます。この設定を怠ると、障害物回避機能が作動して頻繁に停止してしまい、作業効率が著しく低下する原因となります。
自動航行中の安全を確保するために不可欠なのが「障害物回避」機能と「高度」の設定です。最近の農業ドローンには高性能なミリ波レーダーやビジョンセンサーが搭載されており、電線や枝などの細い障害物も検知可能です。しかし、これらは「設定」次第で挙動が大きく変わります。
障害物回避の設定には、主に「回避(迂回)」と「ホバリング(停止)」の2種類があります。
参考)https://www.cirobotics.jp/wp/wp-content/uploads/products/cad22f59eadd91eefc60330739c527b1.pdf
また、レーダーの「感度調整」も現場では重要になります。夏場の背の高い稲や、風で揺れる作物を障害物として誤検知してしまうことがあります。この場合、アプリの設定で障害物検知の感度を下げるか、検知距離を短く設定することで、不必要な停止を防ぐことができます。ただし、感度を下げすぎると実際の障害物への反応が遅れるため、慎重な調整が必要です。
参考)AGRAS T30 - FAQ - DJI
飛行高度の設定に関しては、「対地高度(AGL)」の理解が欠かせません。GPSによる海抜高度ではなく、機体下部のレーダーで計測した地面からの距離を一定に保つ「地形追従モード(テレインフォロー)」を使用します。
特に注意が必要なのは、作物自体の高さが変わる場合です。例えば、成長したトウモロコシ畑では、地面ではなくトウモロコシの穂先を「地面」として誤認識し、設定高度よりも高く飛んでしまうことがあります。このような場合は、レーダーのオフセット設定や、作物の高さを考慮した高度設定の微調整が求められます。
「散布」の効率と品質を決定づけるのが、飛行「速度」と散布量のバランスです。早く終わらせたいからといって、単に速度を上げるだけでは散布ムラや薬害の原因となります。自動航行では、設定した「散布量(L/10a)」を守るために、飛行速度に合わせてポンプの吐出量が自動調整されますが、物理的な限界があります。
効率的な設定のポイントは以下の通りです。
参考リンク:DJI AGRAS T50など最新機種における散布ルート作成と効率化のポイント
また、飛行ルートの方向も効率に影響します。風向きに対して「直角」に飛行することで、各ラインでの散布条件を一定に保ちやすくなります。アプリによっては、風向きを入力することで最適なルート角度を提案してくれる機能もあります。長方形の圃場では、長辺に沿って飛行することでターンの回数を減らし、バッテリー消費を抑えて作業時間を短縮するのが定石です。
農業ドローンの自動航行において、数センチ単位の「精度」を実現しているのがRTK(Real Time Kinematic)測位技術です。しかし、このRTKにはあまり知られていない「弱点」や、現場特有のトラブルがあります。検索上位の記事では「RTKは高精度」としか書かれていませんが、実際の運用では「基地局との距離」や「信号ロスト時の挙動」の設定がクリティカルになります。
独自視点として注目すべきは、RTK基地局からの距離と精度の相関関係です。一般的に、移動局(ドローン)は基地局から離れるほど測位誤差が大きくなります。仕様上は半径数km〜十数kmまで通信可能とされていますが、精度が安定するのは半径2km〜3km圏内であることが多いです。特に、山間部や起伏のある地形では、基地局との間に障害物が入ると補正データが届かず、「RTK FIX」状態が外れて「FLOAT」や「SINGLE」モードに落ちてしまいます。
参考)RTK基地局からの距離等による測位精度 - アグリポートWe…
この「信号ロスト時」のドローンの挙動設定が、事故を防ぐ鍵となります。
また、ネットワークRTK(VRS)を使用する場合は、携帯電話回線の電波状況に依存します。山間部の圃場ではドコモやauなどのキャリア電波が入らない「圏外」エリアが存在するため、その場合は独自の固定基地局(D-RTK 2など)を現地に設置する必要があります。この際、基地局自体を毎回同じ位置に設置しないと、過去に作成したルートデータと実際の飛行位置がズレてしまうため、基地局設置位置の「杭打ち」や「マーキング」が現場の知恵として行われています。
広大な圃場を自動航行で散布する場合、一度のバッテリーでは完了せず、途中で交換が必要になるケースが多々あります。この「中断」と「再開」の手順を誤ると、散布の二度手間や、逆に散布漏れ(未散布エリア)が発生してしまいます。
バッテリー残量が低下した場合、または薬剤が空になった場合、ドローンは自動的に散布を停止し、現在位置を記憶します(ブレークポイント記録)。ここで重要なのが、慌てて手動モードに切り替えて着陸させないことです。手動で着陸地点まで戻してしまうと、システムによっては「中断地点」のデータがリセットされてしまうことがあります。
正しい手順は以下の通りです(一般的な機種の例)。
参考リンク:EAMSなど農業ドローンの自動航行におけるバッテリー交換後の再開手順動画
また、薬剤切れ(タンク空)センサーが作動して停止した場合、配管内に空気が入っている可能性があります。再開前に一度手動でノズルから薬剤を噴射(エア抜き)しておかないと、再開直後の数メートルで薬剤が出ず、散布漏れが発生する原因となります。これを防ぐため、アプリ設定で「再開時のオーバーラップ距離」を設定できる機種もあります。例えば「再開地点の3m手前から散布を開始する」設定にしておけば、散布の継ぎ目を確実にカバーできます。
このように、農業ドローンの自動航行設定は、単に「自動ボタンを押す」だけのものではありません。アプリによる精密なルート作成、障害物回避の感度調整、RTKの特性理解、そしてバッテリー交換時の適切なフロー。これらを一つひとつ理解し、ご自身の圃場環境に合わせてカスタマイズすることで、真の「省力化」と「高精度散布」が実現します。